剣豪の望むもの |
「どう?」 「駄目、今日も来てない」 「はぁ……もう半年か…。何時になったら変化が出る事やら…」 広げた"神託の書"の前で、待つことに疲れ果てた双子が不満を零していると、突然室内に3Dグラッフィックで構成された女性の姿が浮かび上がった。 「オ話シ中失礼シマス」 「あー? 何ー? どうしたのー?」 弟が問えば、機械的な声が淡々と答えた。 「ネオ・ニューヨークシティ、国営オークション会場ニテ、"神託ノ書"ノ出品ヲ確認シマシタ」 「で? 誰が競り落としたの?」 「中断シテイマス」 「え?」 国営の競売を行う場所だ。そうそう競売の中止や中断はあり得ない。 「ゴ覧下サイ」 現地映像では人々が沸き立っている。 「ちょ、邪魔だよ! なんだよ? 何が起きてんだ?!」 映し出された映像の中の人々の姿が彼らの眼隠しになった。 「角度を変えてくれる?」 要望通り、画像の角度が切り替わった。 「…うーん…まだ見難いな…」 兄が椅子に腰を落とし、顔を顰めた。 「再現モード、稼働可能デス」 「じゃ、それでお願い」
次の瞬間、彼らの居た無機質なオフィスの外観が、見せられていた光景に塗りつぶされてゆく。ホログラムだ。 「現地時間09時12分-一節ノ出現ヲ確認。"神託ノ書"A級ト認定」 「あぁ…それで騒いでるんだ」
「その時間であれば、開場したばかりだものね」と兄がいい、カップを口元へと運ぶ。
…X月X日…快晴…毛利隆元軍総勢五万五千・軍総勢四万動員…
「どうしたの?」 「…そうか、そうなんだ…」 「ど、う、し、た、の?」 強調するようにわざわざ区切って問いかける。 「これ、もう売り物にならないぜ」 「?」 「……」 「何? 本当にどうしたの?」 「俺達の未来を切り開く救世主の名前だよ!! って言うんだ!! 高揚する弟の言葉を受けて、兄が手にしていたコップを取り落とす。 「エッ?! えっ、今なんてッ?!」 「待った、また出てきた」 弟が再びホログラムで再現されている古書の一頁に齧り付く。
…X月X日…快晴…毛利隆元軍総勢五万五千・軍総勢二万動員…
彼らが待ち望んでいたフレーズだった。 「来た!! これ、あの日に書かれた一頁だ!!」 二人はどちらからともなく駆け寄り、互いの掌を打った。 「行こう!!」 「ああ、助けに!!」 室内に展開されていたホログラムが消える。 「死なせて堪るか。あいつはこの世界にとって最後の希望だ」 彼らは二人で連れだち、宛がわれているオフィスを飛び出した。 「一番ゲート準備完了」 「転送補助エネルギー40%充填中…70%…85%……100%、充填完了シマシタ」 「今回の転送でミスは許されない。警戒レベル7を発令して貰って」 「了解シマシタ。120秒後ニ発令シマス」
案内通り、無機質な施設に赤いランプが灯り、あちこちで警報が鳴り始める。 「兄貴、用意はいいか?」 弟の問いかけに、兄は静かに一度だけ強く頷いた。 「じゃ、いくぜ」
圧倒的な兵力差で押し込まれた為か前線の旗色は着々と悪くなっていた。 「ここが正念場だ!! 皆、兵の意地を見せるぞ!!」 陣中に展開する将兵が盾を前に突き出し、武器を振り上げる。 「囲め!! 敵は少数だ! 圧倒するんだ!!」 互いに声を掛け合いながら、敵将の視界からを隠そうと展開し、敵を包囲する。 「行け、伝令兵!!」 本陣陥落危機の報を携えて、伝令兵が陣を出立する。 「くっ!! 怯むなッ!! 相手はたった二人だぞ!!」 湧き上がる声に動じることなく、進み出て来た男の眼に宿るのは狂気。 「僕がキレイに斬ってあげる」 彼は幾重にも重なった包囲網にたった一撃で風穴を開けた。 「君が?」 「……そうよ…」
彼の向ける眼差し、見せた技量から、この場に残る兵では太刀打ちする事は敵うまいと判断する。 「様、御下がり下さいッ!!」 答えたを護ろうと兵がこぞって進み出れば、男は己の投身を遙かに凌ぐ長さの刀を構えた。 「君達、邪魔だよ」 端的に発せられる言葉。 「ふうん……」 「な、何?!」 「…そうか…そうなんだね…」 一度瞬きした男の左目から一粒の涙が流れ落ちた。 「可哀相な人だ……逃げたがっている、こんな世界に絶望し、焦燥を抱き、恐怖を覚えて…必死で隠してる…」 隠し続ける内面を見透かされたような気がした。 「…可哀相に……辛いんだね、苦しいんだね…」 男の足に踏まれた砂利がじゃりっと音を立てる。 「でも、安心して…」 弧を描いて振り上げられた刀の切っ先が、へとまっすぐに向いた。 「僕がキレイに斬ってあげる。それで、全てが終わるんだよ」 「姫様!!」 横から受けた強い衝撃のまま、玉砂利の上を滑るように倒れた。 「お逃げ下さい、姫様!!」 死を覚悟して男に向かう護衛兵。 『……幸村さん……助けて……助けて……助けて!!!』 確信がある。 「うぐっ!!」 「あがっ!!」 「うあああ!!」 「ひ、姫…様……どうか……お早く…」 続々と己の代わりに斬り伏せられて行く兵を目の当たりにしながら、全身に力が入らない。 『…だめ…だめ……!! このままじゃいけない、私がここから離れないと…!!』 辛うじて立ち上がろうと、両手を大地について、姿勢を改めた。 「無双の剣が、あんたを屠る!! 悪いな、あんたを倒して、俺は士官をものにする!!」 野卑な恰好の戦士に双剣を向けられて、湧き上がっていた恐怖が倍になった。
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