剣豪の望むもの

 

 

「どう?」

「駄目、今日も来てない」

「はぁ……もう半年か…。何時になったら変化が出る事やら…」

 広げた"神託の書"の前で、待つことに疲れ果てた双子が不満を零していると、突然室内に3Dグラッフィックで構成された女性の姿が浮かび上がった。

「オ話シ中失礼シマス」

「あー? 何ー? どうしたのー?」

 弟が問えば、機械的な声が淡々と答えた。

「ネオ・ニューヨークシティ、国営オークション会場ニテ、"神託ノ書"ノ出品ヲ確認シマシタ」

「で? 誰が競り落としたの?」

「中断シテイマス」

「え?」

 国営の競売を行う場所だ。そうそう競売の中止や中断はあり得ない。
一体何が起きたのか? と二人が顔色を変えれば、3Dグラッフィックで構成された女性はホログラムを映し出した。

「ゴ覧下サイ」

 現地映像では人々が沸き立っている。

「ちょ、邪魔だよ! なんだよ? 何が起きてんだ?!」

 映し出された映像の中の人々の姿が彼らの眼隠しになった。
弟が不満を訴え、兄がコーヒーカップを片手に椅子を引いて冷静に言う。

「角度を変えてくれる?」

 要望通り、画像の角度が切り替わった。

「…うーん…まだ見難いな…」

 兄が椅子に腰を落とし、顔を顰めた。
すかさず女性のホログラムが答える。

「再現モード、稼働可能デス」

「じゃ、それでお願い」

 次の瞬間、彼らの居た無機質なオフィスの外観が、見せられていた光景に塗りつぶされてゆく。ホログラムだ。
ざわめき、色めき立つ人々。
狂喜にも似た声があちこちで飛び交う。
人々は何としてもこの品を競り落としたいのか、資金繰りに必死になっている。
 兄は違和感を覚えて、コーヒーカップを片手に周囲の人々を見回していた。
対して弟はというと、行動派のようで、サクサク動いた。
壇上の分厚い硝子盤に収められた"神託の書"の前へと進み出ると、中を覗き込む。

「現地時間09時12分-一節ノ出現ヲ確認。"神託ノ書"A級ト認定」

「あぁ…それで騒いでるんだ」

 「その時間であれば、開場したばかりだものね」と兄がいい、カップを口元へと運ぶ。
そんな兄を手招きで呼びながら、弟はぶるぶると震えていた。

 

X月X日…快晴…毛利隆元軍総勢五万五千・軍総四万動員…
…雌雄を決すべく、総攻撃、開始するもの成り…

 

「どうしたの?」

「…そうか、そうなんだ…」

「ど、う、し、た、の?」

 強調するようにわざわざ区切って問いかける。
するとホログラムであるはずの書を食い入るように見つめていた弟が顔を上げた。

「これ、もう売り物にならないぜ」

「?」

「……」

「何? 本当にどうしたの?」

「俺達の未来を切り開く救世主の名前だよ!! って言うんだ!!
 初めて名前が分かった! これもう資産価値なんかつけられない一枚だ!!」

 高揚する弟の言葉を受けて、兄が手にしていたコップを取り落とす。
床に当たって割れたコップから撥ねた中身が床と、彼のズボンの裾を汚した。
部屋の隅に待機していたのか、掃除用のロボットが迅速に動き出す。

「エッ?! えっ、今なんてッ?!」

「待った、また出てきた」

 弟が再びホログラムで再現されている古書の一頁に齧り付く。
鼻息も荒く、浮かび上がってくる一節を指で追えば、そこに浮かんだ文字は…

 

…X月X日…快晴…毛利隆元軍総勢五万五千・軍総勢二万動員…
 …雌雄を決すべく、総攻撃、開始するもの成り…

 

 彼らが待ち望んでいたフレーズだった。

「来た!! これ、あの日に書かれた一頁だ!!」

 二人はどちらからともなく駆け寄り、互いの掌を打った。

「行こう!!」

「ああ、助けに!!」

 室内に展開されていたホログラムが消える。

「死なせて堪るか。あいつはこの世界にとって最後の希望だ」

 彼らは二人で連れだち、宛がわれているオフィスを飛び出した。
彼らを追うように3Dグラッフィックで構成された女性の映像が動く。

「一番ゲート準備完了」

「転送補助エネルギー40%充填中…70%…85%……100%、充填完了シマシタ」

「今回の転送でミスは許されない。警戒レベル7を発令して貰って」

「了解シマシタ。120秒後ニ発令シマス」

 案内通り、無機質な施設に赤いランプが灯り、あちこちで警報が鳴り始める。
それに合わせて警備兵と思われる二足型ロボットが続々と出てきた。
 双子が目的地となる部屋の自動扉を潜った。
無機質な狭い一室を照らし出す純白のライトが消えて、代わりに赤いランプが点滅した。
その光の下で、兄が室の中央に備えられた簡素なベットへと横たわり目を閉じた。
彼のズボンは先程零したコーヒーで汚れたままだ。

「兄貴、用意はいいか?」

 弟の問いかけに、兄は静かに一度だけ強く頷いた。

「じゃ、いくぜ」

 

 圧倒的な兵力差で押し込まれた為か前線の旗色は着々と悪くなっていた。
いやに士気の高い島津・長宗我部 ・立花軍の進軍を阻止するべく、本陣守護であるはずの秀吉や家康までが押し寄せる敵兵の迎撃に駆り出された。
 そこへ予期せぬ経路から敵の奇襲隊が襲いかかって来た。
名立たる将は皆戦地にあって、この場に残るのは一介の兵とのみ。
周囲を固め過ぎたが故に、本陣の中はお手透き状態もいいところだ。
何といっても守備兵の少なさが痛い。
 それ故か本陣は悲壮感に満ちていた。

「ここが正念場だ!! 皆、兵の意地を見せるぞ!!」

 陣中に展開する将兵が盾を前に突き出し、武器を振り上げる。

「囲め!! 敵は少数だ! 圧倒するんだ!!」

 互いに声を掛け合いながら、敵将の視界からを隠そうと展開し、敵を包囲する。

「行け、伝令兵!!」

 本陣陥落危機の報を携えて、伝令兵が陣を出立する。
それを合図にするように、陣中に展開していた兵達が躍起なって敵奇襲部隊へと襲いかかった。
だが北条・毛利連合の尖兵として現れた将は相当の手練のようだ。
彼が長刀で一閃すれば守兵が次々に弾け飛んだ。

「くっ!! 怯むなッ!! 相手はたった二人だぞ!!」

 湧き上がる声に動じることなく、進み出て来た男の眼に宿るのは狂気。
その太刀筋同様、人を屠る事こそ全てと、言わんばかりだ。

「僕がキレイに斬ってあげる」

 彼は幾重にも重なった包囲網にたった一撃で風穴を開けた。
そんな男からの突然の宣戦布告。
それにが度肝を抜かれて言葉を失っていると、男はゆっくりと問い掛けて来た。

「君が?」

「……そうよ…」

 彼の向ける眼差し、見せた技量から、この場に残る兵では太刀打ちする事は敵うまいと判断する。
ならばせめて、被る被害は最小限にしようと、は相槌を打った。

様、御下がり下さいッ!!」

 答えたを護ろうと兵がこぞって進み出れば、男は己の投身を遙かに凌ぐ長さの刀を構えた。

「君達、邪魔だよ」

 端的に発せられる言葉。
そこに篭る殺気に、全身に鳥肌が立つ。
ごくりとが息を呑んで、一歩下がれば、男は青白い顔に薄い笑みを貼り付けた。

「ふうん……」

「な、何?!」

「…そうか…そうなんだね…」

 一度瞬きした男の左目から一粒の涙が流れ落ちた。
怪訝な顔をするをまっすぐに見据えて、男は一歩進み出た。

「可哀相な人だ……逃げたがっている、こんな世界に絶望し、焦燥を抱き、恐怖を覚えて…必死で隠してる…」

 隠し続ける内面を見透かされたような気がした。
自然と眼前の男に対する嫌悪と言い知れぬ恐ろしさが湧き上がった。
それは今己が殺されかけているという物質的な話ではなく、己の根底を揺さぶられかねないという類の恐れ。
そしてこの恐怖は、容易に己の体から立ち上がり前に進もうとする力を奪ってしまうものだ。

「…可哀相に……辛いんだね、苦しいんだね…」

 男の足に踏まれた砂利がじゃりっと音を立てる。
まるで自分が踏み潰されたかのような重みを覚えて、は再び一歩後方へ。

「でも、安心して…」

 弧を描いて振り上げられた刀の切っ先が、へとまっすぐに向いた。

「僕がキレイに斬ってあげる。それで、全てが終わるんだよ」

「姫様!!」

 横から受けた強い衝撃のまま、玉砂利の上を滑るように倒れた。
自分を庇い、斬り伏せられた兵が屍となり、横たわった。
辺りに飛び散った鮮血よりも、己の身を脅かす刀の鋭さ、冷たさよりも、男の紡ぐ言葉が怖ろしかった。
何か言葉を発して、それを退けねばならないと頭では分かっているのに、何一つ、声を上げる事が出来ない。

「お逃げ下さい、姫様!!」

 死を覚悟して男に向かう護衛兵。
彼らの背中に、一瞬、紅蓮の甲冑に身を包む若武者の背を見る。
が、それはあまりにも虚しい錯覚。

『……幸村さん……助けて……助けて……助けて!!!』

 確信がある。
今この場に彼がいてくれたなら、名を呼ぶまでもなく、願うまでもなく、彼らの進撃を看過したりはしない。
だが、今、この瞬間、ここに彼はいない。
どんなにこの想いを声にして叫ぼうと、彼の名を呼ぼうとも、この場にいない者にはを救う事は出来ない。
それだけは揺るぎようのない現実だ。

「うぐっ!!」

「あがっ!!」

「うあああ!!」

「ひ、姫…様……どうか……お早く…」

 続々と己の代わりに斬り伏せられて行く兵を目の当たりにしながら、全身に力が入らない。

『…だめ…だめ……!! このままじゃいけない、私がここから離れないと…!!』

 辛うじて立ち上がろうと、両手を大地について、姿勢を改めた。
けれどもそんなの視界には、新しい敵将の姿が入る。

「無双の剣が、あんたを屠る!! 悪いな、あんたを倒して、俺は士官をものにする!!」

 野卑な恰好の戦士に双剣を向けられて、湧き上がっていた恐怖が倍になった。

 

 

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