剣豪の望むもの

 

 

「武蔵? なんだ、君も雇われたの?」

「小次郎?! お前も試されてんのかよ?! だが、譲れねぇ!! この士官は俺のもんだ!!」

 前に立つ剣士が、後方を脅かす美剣士と言葉少なく会話を交わす。
その隙を突いて、は足に力を入れて立ち上がる。

「っと、逃がさないぜ!!」

「じっとしていなよ。そうすれば、すぐだから」

 二人に同時に刃を向けられて、は体を固くした。
彼ら二人は、それぞれに功を競う必要があるのか、互いを注意深く観察し、隙あらば斬り殺さんばかりの形相だ。
そこに付け入れればいいのだろうが、それはを屠ってから行ってもさして問題のない選択。
現状として、を脅かす危機は何一つ変わりはない。

「退けよ、小次郎。お前本当は士官になんか興味ないだろ」

 天下無双と背に銘打った戦士の言葉に、美剣士は緩く首を横に振る。

「だめだよ、武蔵。その子はとても可哀相な人なんだ。
 だから僕がキレイに斬ってあげないと……楽になれない。

 君の言う通り、僕は士官なんかどうでもいい。それは譲ってあげる。
 でも、その子の命は、いくら武蔵でも譲れない」

「交渉は決裂だな」

 二人の視線が自然と動き、を捉えた。

「なら、早い者勝ちだね」

 楽しそうに微笑み、美剣士が剣を奮えば、の目の前で戦士の双剣が受け止めていなした。

「譲れないぜ!!」

 時として、人の本能は、意識を越えて体を動かすことがある。
今のにとってもそれは例外ではないようで、体が自然と動いた。
 美剣士に武蔵と呼ばれた戦士の後方へと逃げて、差し迫る危機を回避する。
けれども武蔵とて剣士、簡単にに己の背を取らせるはずもない。
双剣の一方の切っ先をぴたりとへと向けていた。

「小次郎…退けって。人斬りは遊びじゃねぇ」

「ふん、ごたくは沢山だよ。武蔵。
 第一君だって僕と同じさ。自分の為にその子を斬りたいんだろう? 人を生かす剣が聞いて呆れるよ」

 眉を寄せる武蔵を真ん中に、左に美剣士小次郎、右に立ちすくむ
一進一退すらままならぬ現状に変化が訪れたのは、陣の外で響いたホラ貝が鳴った瞬間だ。
伝令兵だけでなく、全将兵へ火急を知らせるべく鳴らされたホラ貝。
その音を聞き、このままでは分が悪くなると踏んだ武蔵、小次郎の二人は、同時にへと視線を移した。

「武蔵、この話はまた後でしよう」

「その方がいいみたいだな」

 問答が済んだのか、二人の殺意が同時にへと向かう。
彼らが揮う刃が一呼吸の間もおかずに差し迫る。

「姫様!!」

 先程の攻撃は、美剣士小次郎一人からのものだった事もあり、避ける事が出来た。
けれども今度は、彼の一撃を避けたとしても、武蔵の太刀筋がある。
二人が繰り出す三つの剣の軌道を避けきる事は不可能だ。
 は両目を閉じて思わず悲鳴をあげた。観念するしかないと、思っていた。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 全身に打ち込まれるはずの痛みも、刀の冷たさも、何も感じない。
漠然と、即死とはこういうものなのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
閉じた瞼の向こうで何かが点滅しているのを感じて、ゆっくりと瞼を開ける。
するとそこは見知らぬ世界。否、よくよく眼を凝らせば一度は見た事のある世界だった。

『…あ、ここって…』

「よぅ、大丈夫かい?」

 瞬きして現状理解に努めれば、頭上からくったくのない声が響いてくる。

「安心しなよ、あんたの体は、今兄貴が護ってる。と、オレとは初対面だっけ?」

 彼の言葉から、彼こそが以前自分の胸を撃った弾丸を取り出し、幸村へと移した本人なのだと直感した。
彼の兄との邂逅の時のように、思うように声が紡げず、歯痒さを顔に乗せれば、彼は逆光の中で笑った。

「なんだ、兄貴が言うように本当にままならないんだな。ところでさ、あんた、どこの所属?」

 

 

「?!」

 捉えたはず、一太刀の元に斬り伏したはずの女は、一度の瞬きと同時に、がらりと目つきが変わった。
否、それだけではない。
彼女の全身を覆う空気も、別人のそれとなった。
 現に彼女は、武蔵、小次郎が繰り出した剣撃をひらりひらりと交わして、その場にいる将兵から一振りの槍を奪うと見事に扱い、彼らの前で身構えた。

「佐々木小次郎、並びに宮本武蔵だな? この命、散らせるわけにはいかない。お相手しよう」

「なんだ?!」

「…君、誰だい?」

 目を白黒させる武蔵と違い小次郎は本質を見切ったようで、僅かに顔を強張らせた。

「誰でもいい。お前達は彼女を殺したい、僕は救世主を殺させたくはない。それだけで充分だろう?」

「確かに…ね!!」

 小次郎が繰り出した一閃を、は槍で凌ぎ、それどころか返した切っ先で武蔵に打ち込んだ。

「くっ!!」

「おや、残念。隙を突けるかと思ったんだけど」

「なんだ、一体…」

「なんだっていいさ。やらないならどいてよ、武蔵」

 三つ巴の戦いを見守らなければならない将兵の間に、動揺が走る。

「君らは邪魔だから下がってて、出来れば、前田慶次を呼んできてほしいな」

 が誰とは指定せずに言葉を向ければ、数名が伝令兵と化した。

「さて、どうする? 家守護神・前田慶次が来るまで僕と遊ぶかい? 僕としては一旦退くことをお勧めするよ」

「何?!」

 武蔵と切り結びながら、は冷淡に笑った。

「だから、君達二人は、ここではこの子を殺せないのさ」

 あれだけ脅えていたのが嘘のようだ。
だが彼女の発した言葉は必ずしも嘘とは思えない変化を伴っていた。
彼女の動きは鋭敏であり、的確な戦士のそれとなった。それだけじゃない。
巧みな槍捌きで小次郎、武蔵の攻撃をいなし、捌き、逆に二人に打ち込んで圧倒する。

「くっ!! やるじゃねぇか!!」

 言葉と裏腹に武蔵は生き生きとした眼差しになる。
は肩にかかる髪を後方へと振り払いながら笑って答えた。

「そう? これでも手加減してるつもりなんだけどね」

「何?!」

 武蔵が苛立ちを露にするのを受けて、は更に薄く笑う。

「僕、本当は君と同じ双剣使いなんだよ。生憎、槍は苦手でね」

 そう言いながら、今のが見せる武技は一端の将軍並の槍捌きだ。
この言葉に高揚し、同時に苛立ちを募らせた武蔵は、猪武者の如く咆哮し、突進した。

「言ってろ!! 俺の双剣の方が強ェェェェ!!!!!」

「それは、勝ってから言いなよ」

 

 

「…と、いう訳で今回は兄貴の方があんたのスケットに行ってるってわけ。分かった?」

 頭上で延々と話し続ける人影の顔は相変わらず逆光でよく見る事が出来ない。
けれども彼の声色に懐かしさを覚えた。
現に彼の言葉通り、自分はこうして命を繋いでいる。彼の言葉を疑う余地はない。
当面の危機は脱したのだと、安堵したのは束の間だった。
 体の節々に奇妙な痛みを感じ始めた。
懸命に力を振り絞り、声を上げる。

「あ、あの…ね……」

「お、話した」

「あ、あの…」

「何? どうした?」

 ぐぐっと顔を覗き込んで来た人影の顔を、初めて知覚する。

「…あの、なんか…手とか、足とか……すごく、痛いんだけど…」

「え?! 本当に? まさか兄貴に限って…!!」

 彼はの言葉に大層驚き、が寝かされているベットから離れた。
コンピューターを駆使し、適した記述がされている"神託の書"を見つけ出すと、そこに記された文字を懸命に追った。

「いや、おかしいな…この頁には、あんたが死んだとか、全然出てないぜ」

「…ほ…ん…当?」

「うん、大丈夫だ。ちゃんと間に合ってる」

『じゃ、どうして? 』

 言葉を紡ぐだけでも相当の負担があるから、視線で訴えるしかない。
そんなの視線を受けて、彼も困ったというように、情報を探し続ける。

「本当参るよな、この本…。こっちの世界じゃ"神託の書"なんて言われてるけどさ。
 見つけ出した奴がバラして売り飛ばしてるせいで掻き集めて繋ぎ合せるのだって一苦労なんだ。
 その上、あちこち痛んでるし、あんたが時代を改編していく度に中身がコロコロ変わる。
 まぁ、中身が変わるのは別にいいんだけど。そのお陰でこうしてオレら、生を繋いでるわけだしさ。
 けど、これだけコロコロ変わると、助けようにもタイミングがさ…掴みにくいっていうかさ…。
 あんたを派遣した機関でも時代でも、なんでもいいんだけどさ。そういうの、相当フリーだったんだな。
 それとも、それだけ切羽詰ってたとか?」

 己の頭をぼりぼり掻き毟る彼の愚痴を聞き、は瞬時に彼がしている勘違いに気がついた。
なんとか訂正しようと、懸命に口を開く。

「あ、あの…私……そういうのじゃ…ないわ…」

「え?」

「貴方達と、違うの……」

「…何が?」

 文字を追っていた指を止めて、彼は顔を上げる。
寝かされたままのへと視線を定めれば、は肩で息を吐き、額に玉粒の汗を浮かべながら言った。

「私は…この時空の者じゃない。
 だから、貴方方の…ように、この時空からの…干渉を受け付けないの。
 元々、別時空の人間で…死ぬはずの所を、最果ての使者に……救われた。
 命を繋ぐ代わりに、この時空を作り直せと…交換条件を…」

「おいおいおい、冗談だろ?!」

「本当よッ!!」

 こんな事で嘘は吐けない。ましてこの状況ではそんな余裕はない。
は渾身の力を込めて叫んだ。

「いや、そうじゃなくて…!!」

 彼は開いていたコンピューターを放り出して、すっ飛んでくる。

「アンタ、オレ達と御同類ってわけじゃない?! って事は…民間人か?!」

 こくこくと頭を縦に振った。

「民間人って……一応聞くけど、文系、体育系?」

「文系」

「うっわ!! まずいよ、それっ!!」

 何がまずいのかと、問いかけなくても、なんとなく分かった。
というのも体の節々に走る痛みが段々と強くなる。

 

 

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