剣豪の望むもの |
「武蔵? なんだ、君も雇われたの?」 「小次郎?! お前も試されてんのかよ?! だが、譲れねぇ!! この士官は俺のもんだ!!」 前に立つ剣士が、後方を脅かす美剣士と言葉少なく会話を交わす。 「っと、逃がさないぜ!!」 「じっとしていなよ。そうすれば、すぐだから」 二人に同時に刃を向けられて、は体を固くした。 「退けよ、小次郎。お前本当は士官になんか興味ないだろ」 天下無双と背に銘打った戦士の言葉に、美剣士は緩く首を横に振る。 「だめだよ、武蔵。その子はとても可哀相な人なんだ。 「交渉は決裂だな」 二人の視線が自然と動き、を捉えた。 「なら、早い者勝ちだね」 楽しそうに微笑み、美剣士が剣を奮えば、の目の前で戦士の双剣が受け止めていなした。 「譲れないぜ!!」 時として、人の本能は、意識を越えて体を動かすことがある。 「小次郎…退けって。人斬りは遊びじゃねぇ」 「ふん、ごたくは沢山だよ。武蔵。 眉を寄せる武蔵を真ん中に、左に美剣士小次郎、右に立ちすくむ。 「武蔵、この話はまた後でしよう」 「その方がいいみたいだな」 問答が済んだのか、二人の殺意が同時にへと向かう。 「姫様!!」
先程の攻撃は、美剣士小次郎一人からのものだった事もあり、避ける事が出来た。 「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」 全身に打ち込まれるはずの痛みも、刀の冷たさも、何も感じない。 『…あ、ここって…』 「よぅ、大丈夫かい?」 瞬きして現状理解に努めれば、頭上からくったくのない声が響いてくる。 「安心しなよ、あんたの体は、今兄貴が護ってる。と、オレとは初対面だっけ?」
彼の言葉から、彼こそが以前自分の胸を撃った弾丸を取り出し、幸村へと移した本人なのだと直感した。 「なんだ、兄貴が言うように本当にままならないんだな。ところでさ、あんた、どこの所属?」
「?!」
捉えたはず、一太刀の元に斬り伏したはずの女は、一度の瞬きと同時に、がらりと目つきが変わった。 「佐々木小次郎、並びに宮本武蔵だな? この命、散らせるわけにはいかない。お相手しよう」 「なんだ?!」 「…君、誰だい?」 目を白黒させる武蔵と違い小次郎は本質を見切ったようで、僅かに顔を強張らせた。 「誰でもいい。お前達は彼女を殺したい、僕は救世主を殺させたくはない。それだけで充分だろう?」 「確かに…ね!!」 小次郎が繰り出した一閃を、は槍で凌ぎ、それどころか返した切っ先で武蔵に打ち込んだ。 「くっ!!」 「おや、残念。隙を突けるかと思ったんだけど」 「なんだ、一体…」 「なんだっていいさ。やらないならどいてよ、武蔵」 三つ巴の戦いを見守らなければならない将兵の間に、動揺が走る。 「君らは邪魔だから下がってて、出来れば、前田慶次を呼んできてほしいな」 が誰とは指定せずに言葉を向ければ、数名が伝令兵と化した。 「さて、どうする? 家守護神・前田慶次が来るまで僕と遊ぶかい? 僕としては一旦退くことをお勧めするよ」 「何?!」 武蔵と切り結びながら、は冷淡に笑った。 「だから、君達二人は、ここではこの子を殺せないのさ」 あれだけ脅えていたのが嘘のようだ。 「くっ!! やるじゃねぇか!!」 言葉と裏腹に武蔵は生き生きとした眼差しになる。 「そう? これでも手加減してるつもりなんだけどね」 「何?!」 武蔵が苛立ちを露にするのを受けて、は更に薄く笑う。 「僕、本当は君と同じ双剣使いなんだよ。生憎、槍は苦手でね」 そう言いながら、今のが見せる武技は一端の将軍並の槍捌きだ。 「言ってろ!! 俺の双剣の方が強ェェェェ!!!!!」 「それは、勝ってから言いなよ」
「…と、いう訳で今回は兄貴の方があんたのスケットに行ってるってわけ。分かった?」
頭上で延々と話し続ける人影の顔は相変わらず逆光でよく見る事が出来ない。 「あ、あの…ね……」 「お、話した」 「あ、あの…」 「何? どうした?」 ぐぐっと顔を覗き込んで来た人影の顔を、初めて知覚する。 「…あの、なんか…手とか、足とか……すごく、痛いんだけど…」 「え?! 本当に? まさか兄貴に限って…!!」 彼はの言葉に大層驚き、が寝かされているベットから離れた。 「いや、おかしいな…この頁には、あんたが死んだとか、全然出てないぜ」 「…ほ…ん…当?」 「うん、大丈夫だ。ちゃんと間に合ってる」 『じゃ、どうして? 』 言葉を紡ぐだけでも相当の負担があるから、視線で訴えるしかない。
「本当参るよな、この本…。こっちの世界じゃ"神託の書"なんて言われてるけどさ。 己の頭をぼりぼり掻き毟る彼の愚痴を聞き、は瞬時に彼がしている勘違いに気がついた。 「あ、あの…私……そういうのじゃ…ないわ…」 「え?」 「貴方達と、違うの……」 「…何が?」 文字を追っていた指を止めて、彼は顔を上げる。 「私は…この時空の者じゃない。 「おいおいおい、冗談だろ?!」 「本当よッ!!」 こんな事で嘘は吐けない。ましてこの状況ではそんな余裕はない。 「いや、そうじゃなくて…!!」 彼は開いていたコンピューターを放り出して、すっ飛んでくる。 「アンタ、オレ達と御同類ってわけじゃない?! って事は…民間人か?!」 こくこくと頭を縦に振った。 「民間人って……一応聞くけど、文系、体育系?」 「文系」 「うっわ!! まずいよ、それっ!!」 何がまずいのかと、問いかけなくても、なんとなく分かった。
|
戻 - 目次 - 進 |