願い事一つ - 三成編 |
毛利・北条連合の総攻撃開始の報を受ける半刻前の事。 『……敵も焦れているはずだ…雌雄を決しようとするならば…近い内か…』 「次の人は…腕ね? 大丈夫、筋肉疲労で骨折じゃないわ」 本陣の中からは懸命に治療を続けるの声がする。 「姫様、お止め下さい! 手が汚れます!!」 「汚れる?! この人達は私達の国のために戦ってくれてるのよ!? 「ひ、姫様!!」 「様! どうかお止め下さい!!」 「家康様まで言うの?!」
「いえ、そうではございませぬ! 慈悲深いお心遣い、皆深く感じ入りましょう。 「え、じゃ…何?」 「城へとお戻りくだされ!! もう充分です! 計略は破れました。様がここにおわす事には得はございませぬ」 「家康殿の言う通りじゃ! 敵もさしたるもの、邪魔してくるじゃろうが儂らが命がけでお守りするんさ!」 数多の将を始め、家康、秀吉が懸命に取り成すが、はこの手の献策には頑として首を縦には振らなかった。 「嫌よ」 「「エエッ!?」」
「それって私が移動しようとしたら、皆が無駄に怪我する可能性が増えるってことでしょ? 二人の取り成しを受けたはそう言うと、次の負傷兵の手当の為にきびきびと立ち上がって歩きだした。 「様!!」 「お、お待ち下され〜」 慌てて二人がの後を追うが暖簾に腕押しなのは目に見えて明らかだった。 『困ったものだな…』 なんともらしいとは思う。 「我が君、しばし宜しいでしょうか」 「…! 三成、何? どうしたの?」 「ここでは、少し…」 「あ、うん。分かった」 桶の中で手を洗い、手拭いを拭いて治療班に後を任せては立ち上がる。 「天幕でいい?」 「はい」 敗戦色の濃い陣の中にあって、何時ものように口を聞けば規律を乱す。 「ふー、日に日に増えるね…もっと皆が怪我しないように出来ればいいんだけど…」 天幕に身を投じて、は額を押さえながら溜息を吐いた。 「で、何?」 「…その事なのだが…」 「ん? 名案でも浮かんだ??」 茶器に白湯を注いで口元に運び、乾いた喉を潤しながらは問う。 「…名案ではない、ただ現実を伝えにきた」 「現実? …やっぱり、負けそうって事…?」 の顔が強張る。 「そうならないように、皆努力している。俺もだ」 「でも無理なものは、無理って…そう言いたいの?」 「可能性の話だ」 「…三成、私にどうしろって言うの? 今更降服なんて、無理でしょ?」 「…そうではない」 仄暗い視線を見せる三成の様子に違和感を覚えたは、首を傾げながらも彼の言葉を待った。 「…俺達は降服などしない。向こうも受け入れる気はないだろう」 「じゃ、どうするの?」 「…それは今はいい。俺達で考える」 戦であれば、それもそうか。そういうものかもしれない、とが納得して頷く。 「お前にしてほしいことがある」 「何? 何をすればいい?? 言って」 自分で力になれるならと、は気丈に微笑み顔を上げる。 「…三成? 何? 私の顔に何かついている??」 「…いや、なんでもない…」 問いかければ、珍しく柔らかく微笑んで、三成は言った。 「俺がお前にしてほしいのは…」 「うん、何をすればいい?」 「逃げてくれ、今、すぐに」 また仄暗い眼差しをして三成は淡々と言いきった。 「え…? 何、それ…どういう…」 「逃げろ、そう言った」 「囮とかじゃ、なくて…?」 三成が小さく頷く。 「…兼続と政宗が後方都市にいるだろう、そこへ城を捨て、民を捨て、逃げてほしい」 「どうしてっ?! なんで、皆して同じことばかり言うの!? なんで私にだけ…!」 手にしていた湯呑を机の上へと叩きつけるように置いて、は叫んだ。
「納得いかない!! そりゃ、私なんかじゃなんの役にも立たないのかもしれない…そんな事はよく分かっている。 胸に込み上げてきた感情のまま、が叫べば三成は下を向いて小さく舌を打った。 「…馬鹿が…」 「何よ!! その態度」 がカッと来て三成の襟首を引っ掴んで問い詰めようとすれば、三成はあっという間にの手を坂手取り動きを封じて評議に用いる机の上へと突き倒した。 「っ!!」 背を強かに打ちつけた痛みにもがけば、上半身に重みを感じた。 「え…? あ…?」 驚いて目を見開けば、三成の目は苦悶に歪んでいた。 「お前は、何も分かっていない」 「…え…?」 「敗戦が齎すものがどういうものか、何一つ、分かってはいない」 震える声、慄く指先。 「!!」 が脅えて眉を寄せて身を強張らせる間に、着物の襟足に手をかけると強引に緩めた。 「分かっているか、敗戦の将は皆首を切られる。兵は奴隷となる。女は……」 そこで彼は、一度言葉を呑んだ。 「女は……犯される…」 紡がれた言葉の意味を知り、は息を呑んだ。
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