暗躍する影 |
無機質な塔が立ち並んでいた。 「なんということだ、なんということだ!! 先頭を歩く中年男性が、忌々しげに吐き捨てる。 「何をしている!?」
三重に折り重なる強固な自動扉が、彼のIDカードを読み解いて、大きく開いた。 「命令通り、送れと言っただろう!!」 苛立ちも露に怒鳴る彼の前に、眼鏡をかけた一人の青年が進み出た。 「お待ち下さい、所長!!」 「君か……」 彼の諌めでようやく聞く耳を持ったのか、所長と呼ばれた男が声のトーンを下げた。 「報告は聞いた。どういう事だ? 同士との連携が崩れたと?」 「はい……最果ての守護者からそのように通達がありました」 「救世主からの音沙汰はどうなっている?」 男の問いに、皆が表情を暗くしていた。 「今は…何も……」 「何故だ!!!」 「同士の時代に、"神託の書"があります。その時が消えたのであれば、その書もまた……」
回答を受けた男は、手にしていたブラッスチック製のボードを床へと叩きつけた。 「……構わん、送れ」 「しかし!!」 と邂逅した青年の背後から、白衣をまとった女性が進み出て来た。 「定めの改変は、救世主にのみ許されている行為です!! 我々が独断で動いては…!!」 「貴様の階級はいくつだ? 誰に口をきいている?!」 「あ……も、申し訳ありませ…」 「待って下さい、所長!! 彼女の言葉には一理あります!!
青年が割って入り、後方へ押しやられた女性が、床に走る幾つもの電気ケーブルに足を取られて転倒した。 「大丈夫ですか?」 「チーフ、貴方は今冷静さを欠いています」 同じ声が同時に、別々の言葉を、別々の場所から発する。 「いいかね、外をよく見てみたまえ」
彼が指で指示せば、研究室を覆う壁の一角が色を失い先程の水面の様に揺れる窓へと姿形を変えた。 「同士の世界が消えた、ならば次はどこだ?! 我々の世界ではないのか!?」 「そ、それは…」
所長の指摘を受けて、後方で立ち尽くしていた数名の研究者がバタバタと動き出した。 「待て、勝手な事をするな!!」 「黙れ!! 今この時、この瞬間に、救世主の身に危機が迫っているかもしれないじゃないか!!」 「俺は嫌だ!! もう消えたくない!!」 次々と電子パネルに光が入り、鎮座していた二台のマシンにデータが、エネルギーが流れ込んで行く。 「待て、止めろ!!」 青年が慌てて同僚の元へと駆け寄る。 「君こそ、動くな!!」 一喝した所長の手の中には、部下からもぎ取った銃が光る。 「所長!!」 皆が動揺し、固唾を呑めば、銃口を向けられた青年が寂しげな眼差しを彼へと向けた。 「私を、本気で撃つおつもりですか?」 「お前こそ、私に撃たせるのか」 落ち着いたトーンで、彼は言葉を紡いだ。 「目的を見失うな……息子よ。何の為の、マシンだ?」 「それは…救世主の為の…」 「そうだ。その為の、マシンだ。ならば、手遅れになる前に届ける。それが私達の仕事だ」 青年が唇の端を噛み締め、同僚の腕にかけていた手を降ろした。 「データ転送完了!!」 「エネルギー、充填完了!!」 「システム、オールグリーン!!」 「いけますっ!!」 銃を構えたまま、所長が二台のマシンに向い言った。 「我が息子達よ。古の世界にいる救世主を探し出し、必ず、必ず、守りぬくのだ」 命令が書き換えられたのか、左に鎮座する赤いマシンがライトを点滅させて答えた。 「Atomic Industry Omega. 任務了解。迅速にを探し出し、保護します」 右に鎮座する黒いマシンが同じくライトを点滅させる。 「Atomic Industry Zero. 任務遂行の為、バックアップに着任」
満足そうに頷いた所長は、研究室の中を横切り、転送装置を稼働させるべく暗証番号を入力し始めた。 「!!」 大地が震撼し、稲光が宙をよぎった。 「……だめだ…だめだよ、父さん……やっぱり、こんなの間違ってる!!」
雷に撃たれ、マシンを据え置いている台座からケーブルが外れて宙を舞った。 「これを見てもまだいうか?!」
「分かってる!! 次はこの時代だ、でも……救世主が望んでいないかもしれない事だ!! 所長は小さく首を横に振り、 「かもしれない。だが、待てない。この子達は、その為に生まれたのだ」 「父さん!! 止めてくれ!!」 彼は息子の嘆願を退けて、スイッチを力強く拳で押した。
赤と黒、二台のマシンは彼らの生まれた世界の消失の最中に、時空の狭間へと放り出された。 "Mission:救世主の保護" 時空に生じた歪みの中からあの黒い液体が溢れ出す。 "Mission:救―世主―の保―護" 赤いマシンが瘴気を振り解こうと自身の周囲に電磁波を張り巡らした。 "Mission:救―主の保―" 度重なる落雷に、マシンの周囲を覆い尽くす幕が剥がれ落ちる。 "Mission:救世―主――護" 赤いマシンは執拗な攻撃に耐えながらも目標を追い、授けられた使命を厳守しようとした。 "Mission:―世主―保護" 一際大きな雷が赤いマシンを打った。 "――――――――" 赤いマシンが沈黙し、時空のうねりに浚われかける。 「Omega、応答を」 ほどなく、赤いマシンが再び始動した。 "Mission:―主――――導" 「Omega?」 漏電しているのか、赤いマシンのあちこちで小さな光が散った。 "Mission:救―主――――乱世――守護―" 「Omega」 "Mission:――――世主――乱――天に――導く―" もう兄弟機の呼びかけに答える余裕すらない。 "Mission:救世主を――――天下人に導く――" 黒いマシンは当初の予定通り、領へ。 "Mission:の天下を築く――天下人であればこそ、彼女は安全です―――――" 赤いマシンの行方は、時空の波に呑まれて、バックアップ機とされる黒いマシンでも追う事が出来なかった。
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