暗躍する影 |
勢が道を開け、明智勢の行列が先に関を潜るべく動きだす。 「待たれよ。明智殿の御一行は控えられよ」 『え、何? 何事?』 すっかり供の者達ともども休憩するつもりだったは、出鼻を挫かれたように目を丸くした。 「なんか聞いてたイメージと違うなぁ…」 がぼそりと呟くと、三成がぎろりと睨む。 「と我が松永家は盟友にある。根拠のない誹りは聞き捨てならぬな。 「くっ……しかし、我らは…!!」 「明智殿…いや、前田殿・柴田殿の御一行…と、呼んだ方がよろしかろうな? 松永久秀の言葉を聞いた三成・家康が顔色を変えた。 「名代を立てた身にあるそなたらが、君主自ら参じたの姫を差し置くとは、何事か。恥を知れ。 段々と話が物騒な事になって来たと、が顔色を変えた。 「いや、その…」 行列に戻っていた利家が横やりに対する不快感も露に眉を寄せる。 「それとも、貴殿らは我が盟友を格下とでもお思いか?」 松永久秀は穏やかでありながら、どこか冷たいと感じさせる眼差しを明智の行列へと向けて、問い詰め続けた。 「ンな事は思っちゃいねーけどよ」 「では、どういうおつもりか?」 「あ、あの!」 堪らなくなったのか、が挙手した。 「ひ、姫様は別に気にしてないって言ってます」 松永久秀が馬上にあるへと視線を移した。 「お嬢さん、推察するに…の姫君の"御学友"ですかな?」 「は、はい」 「そうですか。では、しばし私にこの場を預からせて頂けないだろうか?」 「え、あ…はぁ…」 だがそれではいけないと考え直して、視線で三成・家康に救いを求めた。 「此度の非礼、見過ごすわけには参らぬ。 『どうしよう、三成…家康様…なんか、いきなりヤバイことになってるよ?』 『放っておけ』 『エエッ?! で、でも…そんな……』 おろおろし始める達の横を掠めるようにして別の騎馬が前へと進み出た。 「柴田…勝家だ…」 「…鬼柴田だぞ…」 兵達の間でざわざわと声が上がる。 「申し訳ござらぬ、平にお許し願いたい」 「叔父貴!!」
利家が屈辱だと言わんばかりに奥歯を噛み締めれば、礼をした武士がゆっくりと顔を上げた。 「まぁ、まぁ、もう宜しいではありませぬか。松永殿も柴田殿も」 家康は努めて穏やかに、朗らかな笑みを顔に貼りつけて、二人の間へと進み出た。 「折角の懇談の場。今から遺恨を作っては意味を成しませぬ。 家康はそこであえて言葉を区切り、一呼吸おいてずばり核心を告げた。
「それよりも、ここで血が流れようものならば、深い悲しみに顔を濡らす事になりましょう。 「…そうでしたな。失礼した」 「いえいえ、あの長き戦でも松永殿が仲裁して下さり助かり申した。感謝の言葉もありませぬ」 「よいのですよ。か弱きご婦人と苦境にある大地を護ってこそ、武士と言える」 「おお、おお、有り難きお言葉にござる」 家康は松永久秀に一礼すると、自らも下馬し、柴田勝家の前へ行くと、彼の馬の手綱を取った。 「ささ、柴田殿も…馬上に戻って下され」 「ぬぅ…」 「ささ」 「徳川殿、失礼した。我らが後に関を潜ろうぞ」 「左様ですか。ではそのように…」
家康が顔を三成の方へ向ければ、三成が頷き、無言のまま手を掲げて出立の合図を出した。 「宜しいのですよ。それでは、また後日」 松永久秀は相変わらず穏やかな笑みを絶やさずに行列を見送った。
「…叔父貴…なんで俺らがあんな事言われなきゃなんねーんだ?!
「…利家、控えよ。此度の会にわざわざ我らを差し向けたことには、意味がある。 「…だけどよ…」 の行列を見送る二人が元の列に戻り会話する。 「それよりも利家」 「んだよ」 「あの娘をどう思う?」 「あ? どうもこうも…輿から出てこなかったしな」 利家が頬を掻けば、勝家はぎろりと強く睨んだ。 「わぬしの目は節穴か。馬の上にいたが、誠の姫よ」 「えっ、な、何いッ?!」 目を丸くした利家に対して、勝家は「おそらくな」とだけ付け加えて、自らの持ち場へと戻って行った。
用意されていた寄宿舎に入ることになった家の一行は、懇談会参加為の準備に余念がなかった。 「ねぇ、ねぇ。松永さんってさ、意外にいい人?」 「どうだろうな」 「そう? なんか、優しそうだったじゃん」 「能天気な女だな。そう見えたのか?」 「違うの?」 三成が茶を立てながら、言った。 「俺には先の非礼に託けて、前田利家・柴田勝家のどちらかの首を撥ねようとしているようにしか見えなかったがな」 「えっ、そんな、まさか!」 「その"まさか"が起こる……いや、起す男だろう、あの男は」 立て終わった茶碗を、の横へと差し出せば、が身を起こした。 「考え過ぎじゃなくて?」 「………家康にも後で聞いてみろ。十中八九、同じ感想のはずだ」 体裁を整えてから茶碗を取り上げたに対して、室の隅から声がかかった。 「立花にも、そう見えた」 「ァ千代さん? そっか、ァ千代さんにもそう見えたんだ…。なら気をつけた方がいい?」 「ああ」 「そうだな」 立場の違う二人からの諌めを受けたは、茶碗を三回回してから口元に運びつつボヤいた。 「あーあー。なんか面倒なところに来ちゃったな〜。 また意味の分からない事を言い出したとばかりに三成が顔を顰める。 「ねえ、ァ千代さん」 「なんだ」 険しい面差しのァ千代に向いは言った。 「もしさ、松永さんのところへ行きたくないなら、言ってね。返還の話、上手く誤魔化すからさ」 「の兵にはならぬ」 「うん、知ってる。だから一度さ、に再就職するって事にして、そっから放逐してあげるよ。 「……気合と根性でどうにかなるものなのか?」 呆れたような面差しのァ千代の問いかけに、は再び茶碗を傾けつつ答えた。 「んー、なる時はなるし、ならない時はならないかも。 ァ千代は茶菓子の支度をしている三成を眺め、視線で問うた。 『貴様の君主は、どうなっている?』 三成は口の端を吊り上げて薄く笑った。 『変わってはいるが、慈悲深いいい女だ。他意はない』
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