狂った歯車 |
「暗殺だ!! 暗殺だぞ!!」 「ええい、首謀者は誰だ!! 誰を狙っている?!」 多くの君主がより合っていることが災いした。 「貴様、この機に乗じて儂を殺そうという腹だろう!!」 「貴様こそ!! わしは端から貴様の事など信用出来ぬと踏んでいたわ!!」 生死が関わる場となれば、誰しも形振りは構わない。 「チッ…まともな神経の奴はいないのか」 入り乱れる人々を押しのけ、三成が毒を吐く。 「様…何処におわす!!」 家康が今にも泣き出しそうな、苦しげな顔をした。 「悲観するな、家康。しぶとい女だ。必ず生き伸びている」 淡々と言う三成は、それ以外の可能性を完全に否定していた。 「おい、今回の出所はらしいぞ!!」 挙句、どこからともなく、こうした声が上がった。 「馬鹿な!! かような乱を起して、我らに何の得がある!?」 三成が激昂して否を唱えたが、保身に入って形振り構わなくなっている者達の耳には、彼の言葉は届かなかった。
情報の錯綜が呼んだ余波は、逃げ回っている達の身も脅かし始めた。 「いきなり人に斬りかかっちゃいけませんって、お母さんに教わらなかったの!?」 体捌きで避けて、斬りつけて来た武士の事を蹴り飛ばし、が怒鳴る。 「失せよ!!」 背後から振り込まれる刀を雷切で受けて、雷球を叩きつける。 「助けてくれて有り難う」 ァ千代と背中合わせになった時に言えば、ァ千代は言った。 「もののついでだ。臣にはならぬ」 「知ってるわ」 言葉少なく交わして、二人は同時に離れて敵をいなした。 『慶次さん、幸村さん、左近さん…せめて、せめて、孫市さんだけでもいてくれたなら……!!』 願ってもそれは虚しい幻でしかなくて、現実には起こりはしない。 『…三成…家康様……どうか、二人とも無事でいて…』
三成と家康は懇談の場となった日本庭園からの脱出が出来ないままでいた。 「正気なのか?! この状況で撃てば…!!」 「構わん、やれっ!!」
我を失っている主の声に忠実に従った鉄砲隊からの砲撃で、何人もの死傷者が出た。
ズガガァーン!! と銃声が木霊した。 「ァ千代さん?!」
銃弾を受け、怯んだところを斬り付けられたらしいァ千代の肩に赤い染みが浮いている。 「おい、大丈夫か?!」 追いついてきた利家が助太刀に入り、鉄砲隊へは風魔が斬り込む。 「なぁ、アンタ!! 確認させてくれ、本当はアンタがの姫なのか?!」 真っ直ぐな目で問われて、は言葉を失った。 「…はい……そうです」 小さくが相槌を打った。 「やっぱ叔父貴の目はすげぇぜ。姫さん、安心しろ。ここを突破できるまではこの槍の又左が護ってやらあ!!」 「本当ですかっ?!」 「ああ!! 女も護れなくちゃ武士の名が廃るぜ!!」 「こっからは本気だ!!」と利家が吼えて天侠一文字を引き抜いた。 「居たぞ!! こっちだっ!!」 入り組む廓の向こうから新手が現れる。 「の姫の従者か…ということは近くにいるはず!! 一刻も早く探し出せ!!」 「邪魔をする者は斬って捨てよ!!」 彼らは逃げあぐねているとァ千代には目もくれず、影武者を探していた。 「行け、ここは俺が預かる」 まだ誰が真の姫なのか、ばれてはいないと案に利家は示唆した。 「ァ千代さん、ちょっと痛いかもしれないけど……消毒するから!! 我慢してね」 ァ千代の着物を剥ぎ、エタノール代わりに傷口へと清酒を吹きつける。 「違う!! あれはくのいちだ!! 探せー!! 姫は別にいるぞ!!!!」 とうとう松永の手の者に正体がばれたようだ。
「ァ千代さん、頑張って!! 必ず、どうにかなる!! きっと三成達が助けにきてくれるはずだから!! 『……馬鹿な……何故、私は……この女を庇った? どうして…? ァ千代は朦朧とする意識の中で懸命に答えを模索していた。
『それに……どうして…お前は私と共にいる? 立花を捨て置けば……生き延びることとて容易に出来るはず… 視線を走らせれば、幅のある階段をせっせと登り、階上へと逃れようとするの横顔が目に入る。 "女も護れなくちゃ武士の名が廃るぜ!!" 咄嗟に、利家の言葉が耳に蘇った。
『そうか、そうだな…その通りだ…。立花は、武士。女を…弱き者を護っただけにすぎぬ。 そう納得し、青白くなり始めた唇を緩々と動かした。 「立花のことはよい……逃れよ……」 「そうね、逃げるから。だから、今は喋らないで」 「そうではない……立花を置いて…」 「残念だけどね、その選択肢はないのよ」 違うと、意地ではないと、ァ千代は首を横へと振った。 「貴様が生きねば、庇った立花の立つ瀬がない…じき、追手もここに現れる」 「!」 が目を見開けば、ァ千代が視線を動かした。 「そうだ……おいて行け……銀狐の元へ……」 は葛藤するかのようにしばし押し黙る。 「聞こえなかったか?! おいて行けと…」 「あのね、ァ千代さん」 帯を解いたとはいえ、締め付けの厳しい着物で手負いの人間を一人支えて階段を上るのは難儀なようで、はふうふうと息を吐いている。 「ここからまでどれだけ距離があるか御存じ?」 「!」
「十日、あるんだよ。足掻いたって、今日明日中に逃げ延びられる距離じゃないの。 「し、しかし…」 「もう話さないで。さっき貴方が言ったばかりだよ。 の言葉を聞いて、ァ千代は視線を伏せた。
その頃、領では。 「なんじゃとっ?! 服部が姿を消したじゃと?!」 金蔵を預かる梶の方が報告を聞いて激怒していた。 「どうです? 孫市さん」 左近が問えば、孫市は険しい顔をして立ち上がった。 「嫌な予感がするぜ…秀吉はどうしてる?」 「大殿は幸村さんと慶次さん連れて救援物資の輸送に出てますよ」 「そうか、すぐに呼び戻してくれるか」 「孫市さん?」 忙しなく歩き出した孫市が言う。 「兵の話じゃ、さんが食われてたって話だよな?」 「ええ、まぁ……胡散臭い話ですがね」 「恐らく食ったんじゃないだろ、それ」 「どうしてそう思うんですか?」 「野生の獣だってもっと食うもんだ。あれだけの質量で動くとすりゃ、餌が女一人ってのは少なすぎる」 「じゃ、何だって言うんですか?」 左近が後を追えば、彼は階上へは向かわずに城の外を目指した。 「女神の所持品だとしたら、どうだ? 今の今まで寝てたんだぜ? それが突然覚醒するとしたら、どんな時だよ?」 「主に危険が及んだ?」 「ああ」と孫市は言い、すぐに視線を左近から外した。 「お前ら、用意しとけ。雑賀衆の出番だぜ」 左近の制止を聞くまでもなく、彼は勝手に動き出した。 『まだ姫の所有物と決まったわけじゃないでしょうが』 「左近様、どうされますか?」 命を待つ兵に対して、左近は溜息を一つ吐いて見せてから伝令した。 「孫市さんの言った通りだ。大殿達に渡りをつけてくれ」 『仮に姫の所持品じゃなかったしても、勝手に動いてんだ。見過ごせないね』 「御意に」 兵が駆けだして行くのを見送り、階上へ戻ろうと左近が身を翻す。 「左近様」 「な、なんですかね…?」 幼い容姿を持つ姫の醸し出す凄まじい気迫。 「先程、孫市様はこう仰ったように聞こえました。"殿は食われてはいない"と」 「ええ、そうですね」 「わらわもそう思う」 「は、はぁ…それで、何でしょう?」 侮蔑の眼差しを隠しもせずに梶の方は言う。 「まだ分からぬか。あのように大きな物が勝手に動くはずがなかろう!! 「え、ええええっ?!」 左近があんぐりと口を開けて、叫ぶと、梶の方は勝ち誇った笑みを可愛らしい顔に貼り付けた。 「わらわは徳川家康の名代を勤めております。 「えええええええっ?!?!?!?!?!!!!!」 この時代、十両盗んでも首が飛ぶ。 「ここでの議論は無用。申し開きは本人に、奉行所でして頂こうぞ!!」 ふふんと鼻を鳴らして着物の裾を翻し、梶の方は金蔵へと戻って行った。 『戻って来た時がそなたの最後ぞ!! 服部!!!』 「ふふふふ、あははははは、あーははははははは!!!」 隠す事もなく高笑いしながら去って行く梶の方の後姿は、羽根でも生えているかのように浮き足立って見えた。 「ちょ……マジかよ……? こんな時に……」 呆然とする左近はようやく独白し、続いて頭を抱え込んだ。
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