狂った歯車

 

 

 同時刻、懇談の地では…。

「まぁ、なんという事でしょう!! 貴方の言った通りですわ!!」

 会場となっ城を見下ろせる傾斜のきつい山道の上から城内を伺えば、城内は騒乱に満ちていた。
車体のフロント部分から出ている集音マイクで音を拾い、望遠レンズ付きのレーダーで城内を伺う。

「ミセス・

「はい?」

「どうやら一刻の猶予もないようです。城内の兵の興奮状態は極限に達しています。
 生体レーダーで既に三名の死亡と、数十名の負傷者を確認。
 内、一名は、身体的特徴から女性と推測します」

「そんな、まさか様がッ!!」

 淡々と告げられる事実から最悪の事態を想像して、が身を震わせる。

「お願いですわ、助けて下さいまし!!」

「そのつもりです。ですが、私はここで大きな決断をしなくてはなりません」

「え? …助けてくれるのではないのですか?」

「いいえ。助けたいのです。その為に来ました。ですが事が起きてからは…」

「助けられない?」

「一部、肯定します。それをする術が、禁じられています」

「どなたですか、どなたが許せば…」

「マスターです」

 簡潔な言葉に、は息を呑んで騒乱に満ちる城内を見降ろした。

「…でも………様は……あの城の中に…」

「はい。マスターの許しなく、戦闘行為に参加する事は禁じられています」

「どうしても、どうしてもダメなのですか?! 危機が迫っているのに…」

「はい。ですが…私の第一の使命は、を護ることにあります」

「はい」

「…この場合、マスターと、守護対象者が同一である必要はないと考えます」

 は告げられている事の意味を考え、その上で喉を小さく鳴らした。

「誰かが、貴方の所有者になれば…?」

「肯定します」

「私、志願致しますわ!! 様を護れるのであれば、私が!!」

「…その言葉を待っていました。有り難う、ミセス・。これから貴方マスターとお呼びしても宜しいですか?」

「はい。はい。呼んで下さい。ですから、様をお助け下さい」

「了解しました、マスター。まず、戦闘モード移行に必要な機能解除を願います」

 車体の中、見慣れぬ網目の走る板が飛び出してくる。

「そこに貴方の左手を重ね、次に点滅する光を、五つ数を数えながらご覧下さい」

「こうですわね…壱…弐…参…四…伍…」

 カチカチと機械的な音が鳴り、何かが動く。
ちくりと指先を何かに刺されて眉を寄せた。
盤面の下から針が出てきて、中指を刺したようだ。
すぐに乾く程度の刺し傷。針に伝った血液が盤面の下へと取り込まれる。
 怪訝な面持ちを見せる前に、指先には触れたこともない素材の布でくるまれ止血された。

「…DNA情報登録終了。これより服部をマスターと認定。
 以後、仕様変更時には貴方の網膜パターンと共に左手の動脈情報を必要するものとします」

 確認事項のような音声が上がり、続いてフロントガラスの上に英数字で数字が書かれてた十桁のパネルが現れる。

「しばしお待ち下さい」

 音声と共に、浮かび上がったパネルが書き換えられ、英数字が漢字表記になった。

「戦闘モードはこの時代の禁忌です。暗証コードを設定します。
 任意の数字を入力して下さい。この機能は無限ではありません。選択時にはご注意ください」

「分かりました。…ええ…と…」

 指でぽちぽちと数字を打ちこんでは微笑む。

「設定した数字を忘れぬように書き止める事をお勧めします」

 音声と同時に筆記具と思われる道具が飛び出してきた。
が、使い方も分からぬし、その猶予はないとは元へと戻した。

「大丈夫ですわ。この数字は半蔵様のお誕生日ですもの。絶対に忘れません」

「では、改めて…戦闘モードへの移行を命じて下さい。マスター」

「はい」

 先程の板の上へと掌をおいて、光を見て、数字を打ち込んだ。

「最優先事項、様の救出ですわ!!」

「了解しました。これより5秒後に戦闘モードへ移行、を迅速に救出後、撤収します。
 以後、部外者の通信傍受を阻むため、交信はヘッドフォンを介する事をお願いします」

 一人と一台が会話を続ける間に、車体は変形を繰り返し、スピード重視のそれから重量のあるハマーH2の形態を取った。車高が上がり、視界が変わって行くことも気に留めずには準備に余念がない。

「これを被ればいいのですか?」

「はい。右の円形が右耳に、赤い球体は口元へ来るように設定して下さい」

「これでよろしいかしら?」

「問題ありません。マスター、以後の音声はこの耳あてを通じて行いますが、貴方の声は常に私に聞こえています。
 話す時は気兼ねなく声を発して下さい。準備は以上で終了です。行きましょう、マスター」

「あの…その前に、少し宜しいですか?」

「どうしましたか、マスター」

「私は貴方の事を何とお呼びしたらよいでしょうか?」

「私を…ですか?」

「はい。先程の自己紹介にあった名では、私には難し過ぎますし、少し長い気がしますの」

「…そうですね、お好きなようにお呼び下さい」

「そうですか? では…さんは如何でしょう?」

ですか?」

「はい、貴方はとてもとても足が速いですわ。ぴったりだと思うのですけれど…だめかしら?」

「いいえ、良い名ですね。以後はそのようにお呼び下さい」

「はい、では参りましょう!!」

 

 

「くっ……もういい、立花など捨て置け…」

「話さないで、大丈夫だから。絶対に助かるから、その方法今考えるから…!!」

 曲者にじりじりと追い詰められて、とァ千代は、酒蔵の屋根の上を後退する。

『三成……家康様……早く助けて…!!』

「…娘、貴様に恨みはないが……見てしまった以上は捨て置けぬ……覚悟せよ…」

「いやよ!! はいそうですか、って受け入れられるわけないでしょ!!」

 振り下ろされた刀を握る両手を下から掴んで斬られぬようにと踏ん張るものの、男の力に抗いきれるはずもなく、足が徐々に曲がって行く。

「クッ!! 下がれ、下郎ッ!!」

 ァ千代が吼えて、雷切を振り上げて敵へと打ち込む。
だが敵は易々と避けて、貧血気味でふらつくァ千代の腹部を蹴り飛ばした。
ァ千代の体が屋根瓦の上を転がる。
が隙を突いて敵将の脛を蹴り飛ばした。
敵将との距離を置くとァ千代の元へと駆け寄り、際で辛うじて踏ん張るァ千代の手を取る。

「なっ…何故…そこまで立花を庇う…!? 私は…元はと言えば虜囚で…」

「うるさい!! 毎度毎度細々と!! 他に言う事ないわけ?!
 主従がどうとか、もうこの際どうでもいいでしょ!!

 人が人を助けたいと思う気持ちに、上下とか国とか、そんなのは関係ないのよ!!
 なんでそんな簡単な事が言われなきゃ分かんないの!?
 ちょっとは素直に他人の好意を受け入れなさいよ!!」

 目を見張り息を呑むァ千代の事を懸命に引き上げるの後方に痛みを堪えて立ち上がった覆面の曲者が迫る。
ァ千代は青白い顔で懸命に暴れた。

「もういい、もういいから離せ!! このままではお前が!!」

「どの道逃げ切れないわよ!! だったら最後まで足掻くわっ!!」

 背後に殺気を感じて、喉が乾いた。
背筋が凍り、手が汗ばむ。
これで一巻の終わりなのかと、が観念し悔しそうに顔を歪めて瞼を閉じかけた刹那。
耳に覚えのある躍動音を聞いた。

「…?!」

 そんなはずはない、あり得るはずがない、と思いながら予感に縋るように視線を巡らせる。
音に気がついた曲者もまた、周囲へと視線を走らせた。
彼に続いて音に気がついた武士達が次々に辺りを見回して始める。
 城の横に聳え立つ山の周囲に走る道を進んでいるのか、それはドドドドド…と躍動感溢れる音を奏でながら近づいてくる。木立が踏み荒らされているのか、木々が折れる音が上がり、進路を塞いでいた大木が一本、また一本と倒れた。

「な、なんだあれはっ?!」

 蔵の外で利家・風魔と切り結んでいた者が驚嘆の声を上げた。
声を発した者の視線の先へと、皆が視線を移す。
 すると山肌中腹からギラギラとした閃光を発して、見た事もない黒い塊が飛び出して来た。
数多の将兵が目を見張り息を呑む中、塊は屋根瓦を踏み散らかして突き進む。
重量に耐えきれなくなった蔵が潰れ、その中に土煙と共に消えた筈の塊は、崩れた土壁をもブチ破った。
慌てふためく人々を威嚇し、暴れ牛が人を弾き飛ばすのと同じ要領で、塊は突き進む。
塊は段差のある曲がりくねった廓を正確に曲がりながら登り続けた。
ついにとァ千代が身を置く蔵の下へと滑り込んでくる。
 この頃には曲者も動乱に翻弄されていた君主も武士も我に返り、兵へと命令を飛ばしていた。
この塊を遠目に見て、驚嘆せずに微笑を浮かべていたのはただ一人だけ。
城内の二階に先に逃れていた松永久秀だけだ。

『やはり…やはりそうなのか……君こそが……私の……』

 松永久秀は穏やかな面差しに似合わぬ歪んだ冷笑を口元に浮かべた。
彼が見守る中、塊は包囲網を突破するかのごとく走り続けた。
 数多の兵が手に手に銃を持ち、塊の進軍を止めるべく、進み出て来た。
それを察知したのレーダーが、布陣した敵兵の手中の銃に重点を置き、標準を合わせた。
車体の前方が開き、機関銃が姿を現し、次々に撃ち抜く。

「ひいっ!!」

「な、なんだ、一体?!」

「そんな馬鹿な…!!」

 無慈悲なまでに正確に撃ち抜かれた鉄砲隊の包囲網が崩れる。
その間にが窓から顔を出し叫んだ。

様!! お迎えにあがりました!! さぁ、お早く!!」

ちゃん?!」

 呼ばれて顔色を変えるも、構っている暇はないとばかりには動いた。

「ァ千代さん、ごめん!!」

 は咄嗟の判断でァ千代を足元に滑り込んで来た塊の上へと落とした。

「なっ?!」

 瞳を大きく見開いたァ千代の体は、そのまま口を開けた塊の中へと落ちる。
その後へ、も続くべく宙を舞った。
 二人を呑みこんだ塊は、再び開いた上部の口を閉じると、向きを変えた。
車体の中に身を落としたの手が、車体に触れる。

「ひっああああああ!!!」

 例によって発作を引き起こして、は悲鳴を上げて、意識を失う。
ァ千代が驚き、目を見張る中、音声が淡々と現実を紡いだ。

"マスター、の意識喪失を確認しました"

「次は家康様ですわ!! 様のご病気は、家康様と秀吉様が何時も抑えて下さいますの!!」

"了解しました。徳川家康を回収します"

 機械的な音声が答え、の前にある円形の舵が動く。
唸り声を上げて向きを変えた塊が、再び動き出した。
出てきた敵が銃を構える前にその場で大きくスピンした。砂煙で敵の目を欺いた塊は、城内を所狭しと駆け回り、家康と三成とが取り囲まれている日本庭園を目指して突き進んだ。

「鉄砲隊前へ!!」

 狙いが定まり、互いに背を預け合う二人が口の端を噛む。

『……』

「撃てッ!!」

「おわっ!!」

 家康を庇うように三成が彼の襟首を引っ掴むと、次の瞬間には突き飛ばした。
彼は軽やかに舞うように扇で銃弾を打ち落とした。

「何時まで続くかな?」

「ふん…貴様らなど、俺だけで充分だ」

 そうはいうものの肩に薄らと血が滲む。

「次は避け切れるかな? 第二射、用意!!」

「逃げ場はないぞ、観念しろ!!」

「生憎俺は、死ぬ時は惚れた女の上でと決めている!!」

「なっ、し、痴れ者が!!」

 美しい顔をしていながら、その顔におよそ見合わぬ断言をする三成に、周囲の兵が毒気を抜かれて目を丸くすると、三成はすかさず動いた。
 鉄砲隊の一部へと足早に迫り、包囲網の一角切り崩そうとした。

「え、ええい!! 何をしているか!! 早く撃て!! 撃ち殺すのじゃ!!」

 我に返った将が叫び、照準が三成を追う。
引き金が引かれて撃鉄が落ちて、弾丸が三成目掛けて放たれる。
けれどもその球よりも早く、その場へと土壁を突き破って黒い塊が突入してきた。

「なっ?! 何ッ?!」

「な、なんとっ?!」

 目を丸くした一同の元へと塊は突き進む。
慌てて鉄砲隊が飛びのけば、三成と家康の前へと滑り込んだ塊は、前後左右の大地に銀色の球体を射出した。
 躍動したままの塊から放たれた球体がヒュンヒュンヒュンと音を奏でる。

"防護障壁展開完了。回収します。扉を開けても安全です"

 塊から発せられる音に家康と三成とが目を白黒させていると、サイドガラスを開いたが顔を覗かせた。

「家康様!! お迎えにあがりました!! 様が!!」

 異形の塊を見、続いての顔を見た二人は、すぐにピンと来たようだった。

「後方の羽根より中へお入り下さい」

 の言葉と連動して、後方の羽根が開く。
二人はそこから車内へと身を投じた。

?!」

様!!」

 倒された後部座席の上に横たわるのはとァ千代だ。

様は何時もの発作です。立花様の方が深手のようです」

 後方の羽根が閉じる。
 我に返った敵が一斉に銃撃を浴びせかけるが、目に見えぬ壁に遮れてでもいるかのように弾丸は宙で止まり、次々に大地へと落ちた。
 打ち出した球体を回収し、防御壁の機能を維持したまま塊は動き出す。

"両名回収完了。戦線を離脱します"

「はい」

 大きく旋回して火縄銃を構える者達を威嚇しながら隙を作った塊は、白塗りの土壁を打ち崩しつつ城を後にした。

 

 

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逃走劇、始まるよ!(12.09.12.)