瀬戸際の逃亡 |
懇親会の場において暗殺騒動が起き、その最中、不可解なからくりがの君主のみを救い出した。 「ほほう、が動いたのか」 松永久秀の供として彼の仮住まいたる武家屋敷に出向いていた黒田官兵衛は、この情報を耳にするとここぞとばかりに動き出した。時に機敏な彼は、己の宿願を果たす時は今を置いて他にはないと、即断したのだ。 「人を集めよ。今度こそ、の姫を討つのだ」 「官兵衛殿、このような勝手をしてもよいのだろうか? 久秀様はかの姫を気にかけているのでは?」 同じように供を仰せつかっていた蒲生氏郷が問えば、彼は顔色一つ変えずに答えた。 「蒲生、そなた秀吉様から受けた恩義を忘れたか」 「い、いや、そうじゃないが…」 「我らの主は秀吉様、ただ一人。松永は足掛かりにすぎぬ」
その足掛かりの機嫌を損ねては面倒になるのではないかと氏郷は言いかけ、そのまま言葉を呑み込んだ。
「…久秀は何時でも討てよう。最悪、私が刺し違えてでも滅ぼせる。が、あの魔女はそうはゆかぬ。 「わ、分かった。追撃しよう」 立ち上がった氏郷を官兵衛が呼び止める。 「…待て。我らは後詰となればよい。念には念を入れねばな…」 怪訝な面持ちを見せた氏郷をその場に残し、官兵衛は館を後にした。
情報の錯綜に継ぐ錯綜が引き起こした騒乱が種火から業火へ姿を変えようと燻り出す。 「此度の一件、首謀者が何者なのか、方々に教えて差し上げよう」 官兵衛はまことしやかな虚言を吐いた。 「なんだと!? 全てはの謀だと、そういうのか!!」 「いかにも」 「し、しかし、どこにそのような証拠が…」
「この騒乱の中、何故あのような得体のしれぬからくりが現れ、かの者のみを救い出せたのか。 官兵衛の言葉を受けた君主達が顔を見合わせる。
「実にしたたかな女だ。自身は頭巾で顔を隠し、身代わりを立て一人安全な場でこの騒動を引き起こした。 煽られた男達の顔が見る見る内に怒りで真っ赤に染まりだした。
「コケにされたものよ。飼いならした虎すらこの場には必要なしと、考えたのか。 ダメ押しの一言で我を失った君主達が手に手に武器を取る。 「おのれぇ!!! あの狸が接触してきたのも策略の内か!!!」 「騒動の前から姿を消したのも、全てこの為か!!!」 「なんという女だ!! 誰か、馬を引け!!!!」 「あの小娘!! 血祭りにあげてくれる!!!!」 掌握、完了。 「精々励むがよかろう。卿らがかの魔女の首を献上すれば久秀様もさぞ喜ばれるだろう」 「!」 追撃隊と化した者達の背を見送り、官兵衛は満足げに一度だけ頭を振った。 「実に単純で結構なことだ」 「ち、父上…今のはまずいのでは…? 久秀様が望んでおられるのは…」
「ああ、そうだ。かの魔女そのもの。だが、秀吉様の安寧の為には、あの魔女は障壁でしかない。 怜悧な光を眼差しに湛えて、官兵衛は両の手を大きく広げた。 「人を操り、殺すまでよ!」
熟し始めた策の先を見通し一人満足する官兵衛の横で、黒田長政が喉を鳴らした。 「魔女を殺し、罪は愚者に。潰えたは、そのまま松永が吸収する。 押し殺した笑いをもらす官兵衛の横顔が、この時ばかりは死神に見えた。 「準備、整いましてござる」 官兵衛と長政の背後に、影が一つ舞い降りた。 「この地よりへの最短距離を割り出し、先々に罠を仕掛けよ。かの者の足を留め、確実に討ち滅ぼすのだ」 「御意」
飼いならした影が消えると同時に、城下のあちこちに設置された警鐘が鳴り響いた。 「さぁ、追撃の始まりだ。此度こそ、逃がさぬぞ。魔女よ」
立地のはっきりしない城下町の中を、敵の目から逃れながら疾駆する。 "マスター" 「どうしましたの?」 "立花ァ千代の出血では、本国まで持ちません。早急に治療する事をお勧めします" 「でもここにはお佐治は…」 「おい、さっきから何を一人でブツブツ喋っている?!」 三成の詰問を受けてが思わずアクセルを強く踏み込んだ。驚いたのだ。 「み、三成様、おどかさないで下さいまし!!」 「…す、すまぬ…」 安定を欠くことを嫌ったが引かれたサイドブレーキを自動的に元へと戻した。 「時に、このからくりは一体…?!」 後部座席での手を取った家康が問いかけた。 「あ、あの…立花様は…」 「むぅ…出血が酷いようだが…」 の手を握り懸命に取り呼びかける家康には、ァ千代の傷口を圧迫する事は出来ても、治療を施す余裕はない。 "マスター、如何しますか" 悲壮感溢れる車内の空気に堪りかねたは、意を決したように手を動かした。 "マスター?" つけていた耳当てを外し、首に引っ掛ける。 「さん、この方々は絶対に様を裏切ったりはしませんわ。私が保証します。
困難を丸投げしたのではない。男尊女卑のこの時代、的確な判断を下せる二人の武士を差し置いて自分が判断することの危険性を彼女は知っていた。故に自らが手にしてる主導権を敢えて手放したのだ。 「ええと、命令ですわ」 「了解しました、マスター」 淡々とした返事が車内に響き、家康、三成、ァ千代が目を見張る。 「な…これは一体?!」 「なんと、からくりが喋るとは!!」 「どういう仕組みだ?!」 目を白黒させている三成と家康には構わずに、と塊は話し続ける。 「彼はさんと申しますの。様の私物ですわ。 「そうか、それで助けに来れたんだな…」 「はい。それよりもお話の続きですわ。さん、先程の事を皆様に伝えて下さいまし」 「了解しました、マスター。 「!!!」 「無茶を言うな、ここに佐治はいないぞ!!」 家康が息を呑み、三成が珍しく声を荒げれば、が淡々と答える。 「私が応急処置を施します。 「…は、はぁ…?」 羅列される言葉の意味が分からないのか、首を傾げるの後方から三成が身を乗り出して来た。
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