瀬戸際の逃亡

 

 

「もっと分かり易く話せないのか」

「では簡潔に。現在私の周囲には防御壁を展開、これにより敵の砲撃、銃撃を防いでいます。
 また周囲の背景に溶け込むべく擬態機能を使用、敵からの発見率を下げています。
 ですが治療の際はそれらの機能を一部制限する事になります」

「つまり、見つかり易くもなるし、撃たれやすくもなるという事か」

「肯定します。尚…」

「まだあるのか」

「はい、これが一番重要です。私が治療に専念した場合、自動操縦機能が失われ、補助機能しか作動しなくなります」

「と言う事は、止まるのか?! 敵地のど真ん中だぞ!!」

「いえ、運転は…」

「私! 安全運転出来ますわ!! ここに来るまでにうさぎさんとカメさんが教えてくれましたもの!!」

 の発言を受けて、三成が半信半疑を絵に描いたような顔をすれば、音声が淡々と現実を紡ぐ。

「肯定します。この地より領、最寄りの城までの距離を演算。
 制限速度40kmに固定、補助機能を活用する事で、マスターの腕であっても安全に辿りつけます。
 この選択肢を放棄した場合、立花ァ千代の死亡確率は八割。
 選択肢を活用した場合、立花ァ千代の死亡確率三割に減少します。どうされますか?」

「私、運転します!! 大丈夫です、擬似練習でゆっくり走りましたもの!!」

「このままでは一網打尽じゃ。やるしかなかろうな」

 家康の言葉を受けて、三成は小さく溜息を吐いた。
一度強く瞬きすると、次の瞬間には意識を切り替えたようだった。

「俺に出来る事はあるか?!」

「最寄りの旧城への支援要請を願います。筆記具です。
 必要事項を記入後、署名の上、メッセンジャーへと投函して下さい」

 が戻した筆記具が飛び出して来て、使い方を説明する映像が、三成の目の前のガラスに映し出される。
三成はそれを見てボールペンを取り上げた。
眼前のガラスに浮かび上がるガイダンスに従い、収められている便箋へとペン先を走らせる。

「出来たぞ、どうすればいい?」

 筆記具が自動的に片付いて、今度は竹筒と同じくらいの太さの銀色の筒が飛び出してきた。

「ここに入れればいいのだな?」

「はい」

 三成がその中へと文を入れて手を上げれば、筒には自動的に蓋が嵌まった。

「角度、速度演算終了。旧城へ向かい射出します。着弾予測4時間後。
 救援隊との合流地点は領、最前の関と予測。最寄りの進路を検索中」

 淡々と告げられる最中、三成の文が入った銀の筒が夜空へ向かい飛んだ。
放物線を描いて宙を泳いだ筒はさながら流れ星のように夜空の中を泳いだ。
フロントガラスにグリッド表示された地形図が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
いくつかの地形図が読み込まれた後、グリッド表示の地形図の上に赤い窓が重なった。
赤窓の中に南蛮の文字が貼り付いたかと思えば、すぐに崩れて【検索完了】の文字が浮き上がった。
翻訳されたようだ。

「進路検索終了。助手席前に進路図を展示します。補助をお願いします」

「よかろう。この青線に合わせて進めばいいのだな?!」

「その通りです。五秒後に運転を切り替えます。宜しいですか?」

「はい。何時でもどうぞ」

「5…4…3…2…1…切り替わります」

 車内に一瞬鈍い音が響いた。
それからすぐに車体がぐらぐらと左右に揺れた。

「おい、?!」

「くっ!!」

 舗装もされていない悪路を難なく進めたのは、この塊自体の働きによるものだと容易に分かった。
が懸命にハンドルを正そうとするが、上手くゆかない。
単に力が足りないのか、それとも極度の緊張から来るのか、ハンドルを正位置に安定させることが出来ずに辛そうだ。
見兼ねた三成が、横からハンドを掴み、の腕の力でも自由に操作できるようにと支援した。

「あ、有り難うございます」

 は言い、正面を見据える。

「気にするな、前を見ろ。おい、塊。地図に出るこの赤い点は何だ?!」

「はい」

「敵の位置です」

「…続々と集まってくるな…」

 三成が舌を打つ。
一方で後部座席の一角から小さな球体の塊がちょろちょろと出てくる。
球体は横たわり意識を失っているとァ千代の周囲に集い始めた。の体のあちこちに透明の管を走らせて、生命維持に関する安全を確認すると、すぐにァ千代へと向きを変えた。

 透明の管がァ千代に絡みつき仰向けにする。
途中ァ千代が不快感と怯えを示したが、家康がなんとかそれを宥めた。

「不埒な真似は儂がさせぬゆえ、安心なされよ」

「…あ、ああ…」

 擦れた声で答えたァ千代の着物が解かれる。
気を使い、家康はへと視線を移し、三成もまた正面を見据えた。

 

 

 事態が慌ただしく動き続ける中、件の城下には松永久秀の姿があった。
騒ぎが徐々に城から街へ、街から街道へと移り変わり始めたのを知った彼は、独自で動き出したのだ。
彼は今、に救われ、生死の狭間を彷徨う男の前に立っていた。

「…汝に聞きたいことがある…」

 出血が多く、焦点すらままなっていないらしい男を凍てついた眼差しで見下し、問うた。

「能書きは結構。是か否で答えよ」

 眩暈でも起こしているのか、男の体が傾く。
刹那、利き手を横へと振った。
束帯の中に隠されていた腕には、変わった形の籠手が嵌っていて、そこから無数の糸が飛び出してくる。
細い鈍色の糸一本一本がしなやかに蠢き、傷ついた男の肢体を絡め取った。
久秀が手首を動かせば、緩やかに蠢いた糸が引き締まった。

「ぐあっ!! あっ…ぐ…うあぁぁぁ…」

 見目とは程遠い硬さなのだろう。
四肢を銀糸に巻き取られた男がもがき苦しむ。
その様を眺めながら、久秀は利き手とは逆の手で、腰に刺していた長剣を抜き放った。
間髪入れず長剣が男の肩を貫き、白壁と彼の体を繋ぎ止める。

「うう!! あっ…ぐあ…!!」

 柄を掴む手に力を籠めれば、微かに剣先が振動した。
傷口を抉られて苦悶に呻く男に、久秀は再度問いかける。

「この暗殺は、誰の企みで、誰を狙ったものかが聞きたい。
 狙いは、の姫か?」

 剣から伝う憎悪に慄き、男は首を大きく横に振った。

「否か。では私が狙いか?」

 それは違うと、唇が動く。

「ふむ、それも否か」

 男が何度となく頭を縦に振った。
彼の呼吸が乱れる。
出血が増し、意識を失いかけている。

「まだ話は済んでいない」

 長剣に圧がかかり、傷が深くなる。

「ヒッ!! ぐ…っ!」

 痛みに呻き、悶えた男の掌が長剣を掴んだ。

「元気そうだ、安心したよ。さ、続きを聞かせてくれないか」

 靄がかる視野の中にいる久秀の性質を知り、恐れをなしたのか男が渾身の力を込めて言の葉を発した。

「あ………け……ち……だ…と…………う」

「ほう。汝らは明智家に滅ぼされた者か」

 優雅な所作で、突き立てていた長剣を引き抜き、利き手を束帯の中に隠す。
と、同時に、男の身を締め付けていた銀糸が小手に巻き取られて消えた。
 自身を繋ぎ、支えていたものを失った体が、白壁に赤黒いシミをつけながら崩れる。

「保護してやりなさい」

「よろしいのですか」

「使い道がありそうだ」

 剣先に伝う血を懐から取り出した懐紙で拭いながら、久秀は歩き出す。

「それに、の姫自らの手で救った者だ。無惨な死を遂げたと知れば悲しまれよう」

 言葉とは裏腹に、彼の視線には憎悪とも嫌悪ともとれる歪んだ色がありありと浮かびあがる。

「早急に手当てをし、首謀者を特定せよ。明智を討ちたいと願うのであれば、捨て石には丁度良い」

「畏まりました、そのように」

 白い頭巾と装束に身を包む麗人が緩やかな所作で礼をした。
彼が懐から出した扇で示せば、白装束の麗人の背後に並んでいた兵が数名、音もなく動いた。
彼らは虫の息となった男を両サイドから挟むように抱え上げて、場を辞した。

「そうだ、大谷」

「はい」

「今日の姫君の供は、君の親友だったようだ」

 呼ばれた麗人の瞳が僅かに揺れた。
先を歩いていた久秀が立ち止まり、もったいをつけた動きで振り返る。

「死なぬとよいな」

 忠誠を試すかのような物言いと視線に、麗人は臆することなく答えた。

「案ずるには及びませんでしょう。彼は引き際も、攻め時も弁えておりますから」

「ほう。かような者が、姫の供か」

 己の顎に掌を添えてから、久秀がゆっくりと頷いた。

「礼を言うよ、大谷。それを聞き多少は安堵した」

「恐れ入ります」

「だが、私は口伝はあまり好みではなくてね。この目で見ないと落ち着かない」

「…ならば、ここは私が預かりましょう」

「頼むよ」

 ゆらりゆらりと歩き出した久秀の背に向かい、麗人は再び浅い礼をした。

 

 

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