ΑΚΊΑΣ - 孫市編 |
親友の秀吉にだからこそ打ち明けられるとでも言うのだろうか。 「そりゃ、噂では色々聞いてたさ。気立てが良くて平和ボケしてて、思いやりに溢れてる美人だってな」 「お前もそう思うだろう?」と同意を秀吉に求めたが、秀吉は口籠った。 「そうじゃのぅ…かもしれんのぅ」 と、否定なのか肯定なのかいまいちハッキリしない言葉しか紡げない。 「仕事を引き受けて、会ってみるまで思いもよらなかたんだよ。 生死の狭間を突きつけて、手を取れと迫ったのには気丈にもそれを退けた。 「…生き残りたい、生き延びたい。だが手は取らない、とれない。それを選べない」 何度となく危機に直面し、その度には天意を味方につけて生き延びた。 「の目は自分の事だけを気にして生きてる人間の目じゃない。 「そう…じゃなぁ。少しでもその重みを肩代りできればいいと思うんじゃがなぁ」
「俺だって同じだよ。噂に聞こえた"慈愛の姫"の穏やかな笑顔ってのを、見れるはずだったんだ。 だが予想とは逆で、は孫市の申し出を悉く拒絶した。 「を、幸せにできるなら。なんだって差し出せる、例え天下でもな。だから笑ってほしいんだよ」 「なかなか叶わんなぁ」 「そうなんだよ…その上、脅かす要素に、俺達雑賀の子孫が関わってると来てる。流石に堪えるぜ…」 「そうじゃのぅ」 溜め込んだ辛みを吐き出して多少すっきりしたのか、孫市の撒くくだは軽くなりつつある。 「俺は一体どうすりゃあいつを笑わせれやれるんだよ? こんなの普通に無しだろ」 「ん〜〜〜〜〜。別の方法を模索するしかないやもしれんのぅ」 そこで秀吉は徐に自分の盃を煽った。 「それにのぅ、孫市」 「んだよ?」 「お前の話を聞いてて、わし、思ったんじゃが、意外と様は元の世界に戻るより、こっちにいる方が 「お前、マジで言ってんのか? 流石の俺でもキレるぞ」 凄みの増した低音が孫市の口から飛び出した。 「お前の指摘も懸念も重々理解しとるんさ。ただな、わしこうも思うんじゃ。 「どうして言い切れる?」 「千日戦争じゃよ。城で指揮するのならばまだしも、様はずっと戦地におった。 言われてみればそうだ。 「今となっては様にとっては、こっちから離れる方が未練になるんじゃないかのう」 「お前ら親子かよ。似たようなこと言うなよな」 孫市の指摘に秀吉が目を丸くした。 「に迫った時に同じようなこと言われたんだよ。 「なるほどのぅ」 の持つ平和ボケした側面は彼女だけのものではなく、彼女の生きる世界に強く根付いた共通認識という訳だ。 「こりゃ案外、本当にこっちで様に天下を呑んで頂いて、穏やかに生きて貰う方が最善なのかもしれんぞ。孫市」 ぐぐぐぐ…と孫市は息を詰める。 「お前の話を最初聞いた時にはわしも同じじゃった。 「だから諦めろってのか?」 「諦めはせんよ。じゃがこうも思う。 秀吉が手酌で己の盃に酒を注いだ。 「こんな時、信長様ならどんな判断をするんかのぅ…」 解決の糸口を手繰り寄せることが出来ない秀吉は、孫市以上に参っていたのかもしれない。
「う〜〜〜〜〜、頭いてぇ……飲み過ぎた……」
人が落ち込むのを横で見ていると、途端、自分もこうなのではないかと、冷静になる事がある。 『どうせ考えても行き止まりだ、笑えよ、秀吉!! 結局店に夜通し居座って、どんちゃん騒ぎに次ぐどんちゃん騒ぎを続けて、朝帰り。 「おみゃーさんもかーーーー」 「お前もかよー」 多くの将が詰める執務室の自分の机の上に突っ伏して、秀吉と孫市は呻いた。 「ン?」 「あー、なんだこれ?」 「…二日酔いに効きますよ?」 「え、そうなんか! いやぁ、助かるわぁ!!」 飛び起きて湯呑を取り上げた秀吉はそのまま石像のように固まった。 「昨晩は随分と、お楽しみでしたね?」 ふわりと首を傾げて問いかけてくる。 『孫市ー!!! 孫市ーー!!! はよう、起きんかーーー!!!』 顔面に貼りつくのは笑顔だが、の背には阿修羅が見えた。 「イ、イタダキマス」 微かに声が上ずりながら、湯呑に口を付ける。 「う〜〜〜、慶次〜〜〜、お前、それ止めろよォ。頭に響くんだって……」 突っ伏したまま、手探りで湯呑を探す孫市の掌の軌道上にが湯呑を引き寄せる。 「お。掴まえた」 飲むか、とばかりに、ようやく孫市が身を起こした。 「有難うな、あんたいい奥さんになれる……」 軽口を叩いた孫市の顔色が一気に土気色になった。 「おはよう、孫市さん」 「ハイ…オハヨウゴザイマス」 「それ飲んだら、さっさと仕事してね?」 「…ハイ…」 言い訳する暇すら与えられなかった。 『女遊びにかまけた上に朝帰りかよ、いいご身分だな。クソ野郎』 と暗に罵られたような錯覚を覚えたが、気のせいじゃない。 「……不味いんじゃないの〜? 情けなくても本当の所、自白しとかないと〜溝掘られまくっちゃうよ?」 今の今まで寝たふりをしていた秀吉の懐刀の片割れ―――竹中半兵衛が身を起こした。 「狸寝入りかよ、お前もいい性格してるよな」 「誉め言葉と受け取っておくよ」 はぁ…と一つ溜息を吐いて、掌に収まる湯呑を持ち上げた。 「はぁ…これ、すごいな…心がほっとする」 「様はあれでなかなかの酒豪と聞く、その様が選んだもんじゃ、間違いはないじゃろ」 「…お前はいいのかよ、泣き入れないで」 「だってわし、恋人候補じゃにゃーし?」 「それに秀吉様の女癖の悪さは今に始まったことじゃないしね〜〜〜」 「じゃろ??」
当事者のくせにどこ吹く風の秀吉に一発かましてやりたいところだが、そうも言っていられなさそうだ。 「はぁ…マジかよ……今日の俺、超絶かっこ悪ぃ…」 勝手に策を弄して、策に溺れた気がした。 「…しょーがねーなー。これ以上誤解されて距離作られるのもなぁ…」 降参だとばかりに孫市は人知れず、両手を上げた。 「この方法だけは使いたくなかったんだけどなぁ…」 背に腹は代えられない。 『唐突に現れたらぶっ飛ばされるかな』 夜這いと勘違いされる可能性に胃をキリキリさせながら、孫市は自室に作った隠し通路の扉を開いた。
「それじゃまた明日な、さん」 「うん、今日も遅くまでありがとうね、慶次さん」 「お休み」 「お休みなさい〜」 の部屋の前まで来ると、が役目を解いた慶次が引き上げる所に出くわした。 「ふぅ…やっぱ帯がキッツいな〜。早く洋服が流行るといいのに…」
嘆きを聞き流して声をかけようとするより早く、が布団の上に腰を落として自分の体を折り曲げた。 「はぁ〜。今日も疲れたけど、充実してた。うん、私は今日も一に頑張った!!」 誰に聞かせるわけでもない自画自賛。 「ブフォ!!」 「え、何!?」
襲撃慣れでもしてるのだろうか。悲鳴よりまず状況を把握しようとする姿勢に何とも言えない気分になった。 「ちょ、待った! 待てって。俺だよ、俺!」 「孫市さん!?」 警護を担う伊賀忍が姿を見せていない事実に、秘かにほっとした。 「こんな夜更けに失礼」 こじゃれた会釈をして見せる。 「やっぱり、なんかあった!」 「え?」 「偶にさぁ、寝てると風の音したり寒かったりしたからさ。 「勝手に着替えを収める収納棚の向こうを改造したことへのお咎めは無しか?」 「え? うん、まぁね。有事の際に使えそうだし、それ以外でも役立ちそうだしね〜。 「いくつか出入り口はあるさ。その一つが俺の部屋と繋がってるってわけだ」 「なるほど」 こじれた人間関係よりは隠し通路に興味津々だ。
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