出雲の阿国 |
「様、うちと一緒に出雲に住のか?」 「……ハイ?」 鳩が豆鉄砲でも食らったように、の目は瞬きを何度も繰り返した。 「うちと一緒に、出雲でゆったり暮らしまひょ」 「エ…?」 「出雲はええとこどす。こないな田舎より、よっぽど様に御似合やわぁ」 いつの間にか馬乗りになられ、ずずいと美しい巫女に迫られる。 「あの…なんで…? え、何言って…?」 「せやから、うちと一緒に出雲に往きましょ、言うとりやす」 「え、いや、ちょっ…ちょっと待って…? この流れおかしくないですか? みしみしと耳元で茶店の柱が軋む音がする。 「はぁ…そないお話もあるやもしれまへんけど……今、うちが欲しいんは様や。慶次様は様の次で宜しいわ」 「え…つ、次? 次ってなんですか? 次って…?」 「次は次や。そうですなぁ…簡単に言ってしまえば…様が本妻、側室が他の方みたいなものですえ?」 「あ…あ…あの…言ってる事の意味が、よく分からないんだけど…?」 「そんな心配せんと、順番の事は心配あらしまへんえ。 ベキィと音を立てて、大黒柱に亀裂が入った。 「そう脅えんと、悪いようにはしませんえ? うちに全て任せておくれやす」 「いやいやいや、あの、私、女ですし…っていゆうか、任せるって何をどのように…?」 「女子言うんは存じとります。うちかて女子や。せやけど、そないなこと些細な事や」 「いや、全ッッッッッッ然、些細じゃないと思うんですけど!!!!!!」 額に玉粒の汗が浮き、背筋にはぴったりと悪寒が貼りつく。 「不安になることはありまへん。女子の事は女子が一番よう分かっとりやす」 「はぁ…そうですねって、流されちゃまずい! ええ、ええと…ええとですね……その……えーと、その…だから…」 朱塗りの唇がの唇に近付き、睦言を囁き続けた。 「殿方の事は、すぐに忘れさせて差し上げますよって。 「ちょっ、ええええええええっ?!」 の中の混乱が頂点を極めた。 「阿国さん、ちょっとやり過ぎだぜ?」 「慶次様〜、やはり来てくれはりましたなぁ」 「え、何? 私、餌だったって事?」 椅子の上で身を起してが問えば、阿国はにこにこ笑顔をに向けて言った。 「それはちゃいますえ〜、様誘い出して出雲に連れ帰るんがうちの目的どす。 「え、いや…なんで? どうして?」 理解が出来ないとが瞬きすれば、慶次がを呼んだ。 「さん、元より阿国さんはこういうお人なのさ。性別やら氏素性やらは一切関係ねぇ。才知ありゃ、誰でもいい」 「…だ、誰でもいいって…せ、性別って結構大事だと思うんだけど…?」 「頭の切れる阿国さんが、この時期、に来るなんざ、どうにも合点がいかない。 「え…じゃ…最初から…それで?」 「ああ。だからこそ、俺としちゃ二人を引き合わせるのが嫌だったんだよ」 「まぁ、慶次様酷いこと言いますなぁ。 二人はじりじりと往来の中で距離を測り出した。 「厳選ねぇ…他にもいい奴は山といると思うがね? なんでさんに白羽の矢が当たったんだい?」 「そうですなぁ……様は女子の身で一国を成し得た大器や。様と出雲へ帰れば、神さんも喜びます」 「え、そんな無茶苦茶な…」 が独白すれば、阿国はを見つめると、にっこりと微笑んだ。 「いいえ、無茶あらしまへんぇ。これは様の為でもあのますのえ?」 「そ、そうなの?」 が瞬き、慶次が眉を動かせば阿国は小さく頭をふった。 「慶次様は巻き込まれ体質いわはりますけど、そうじゃおへんえ。 「そんな道理はでは通せないぜ?」 二人の会話を聞いて、は一つの事実を悟った。 「あ、あの! ええと、お、阿国さん!! ごめんね、私ちょっとそういう趣味は…!!」 図式を悟ったが慌ててやんわり断ろうとするが、阿国は当然聞きやしない。 「さっきの啖呵、ほん痺れたわぁ。益々、ご一緒したなりました」 「いやいやいや、私みたいな一般ピープルを連れて行っても神様が迷惑するだけだし!!!」 「気にしまへん。うちがご一緒したいんですわ」 「だから、それならに下りなって言ってるだろ?」 「いややわぁ。うちは様の一番になりたいんどす。 先に仕掛けたのは阿国だった。 「生憎、こっちも引けねぇ!! 本人が嫌だって言ってる以上、連れてかせるわけにはいかねぇさ!!」 慶次が一歩後退して鉾を揮えば、二人はあっという間に鍔迫り合いへとなだれ込んだ。 「ちょ…ちょっとぉ、お願いだからこんなところで止めてよー!! 暴れないでぇぇぇぇ!!!!」 「女性相手に本気にならないで」と慶次に言おうとしたのは束の間だった。 「それは慶次様にいうておくれやす〜」 「阿国さん、力づくで摘まみだされる前に余所へと流れな」 双方一歩も譲らぬ鍔迫り合いを繰り広げながらの会話である。 「ああ! もう、どうしよう? こういう場合は…どうしたらいいのよっ!!」 その場に立ち上がったがうろうろと歩き回った。 「……………」 この後の展開がどうなるのかを予測したが、思わず目頭を押さえる。 「……なんであんたは…こういう時に限って……」 脱力感から来た独白を無視して、の体に荒縄が掛けられる。 「ちょっと、降ろしてよぉぉぉぉぉぉ!!!」 簀巻きにしたを肩に担ぎあげて、現れた男は名乗りを上げた。 「我は風魔……混沌を呼ぶ風…」 「それはもういいー!!!」とが泣き叫び、声を聞きつけた慶次の顔色が変わる。 「はいっ!」 「ぐおっ!」 連撃が見事に決まり、慶次がよろめく。 「行け」 「助かりますわぁ。ほなら慶次様のことお頼み申します〜」 「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」 を抱えて、阿国はそそくさと退場し始める。 「様、今は混乱してるだけどす。 「私は、男の人がいい〜!!!! ってゆーか、せめてお友達からでー!!!!」 泣き叫びながら連れ攫われてゆくを追おうとする慶次の行く手を、茶化したいだけの風魔が阻む。
「やれやれ…降りて来てみたらこの騒動ですか…」 「あら……色っぽいお方やわぁ…」 「ま、手間が省けて僥倖だがね」 邪魔する者がいなくなった阿国の逃走経路に現れたのは城から降りてきた左近だった。 「すいませんがねぇ、その方、返してもらいますよ?」 「さ、左近さん、お願い助けて!! 女の人なので手荒にしないようにしつつ!!!」 「やぁ、うちの事き気してくれはるんどすか、お優しいわぁ。益々、連れて帰りたくなりますえ」 「ううううう…もうどうしたらいいのよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」 混乱するを阿国は軽々と放り投げた。 「そこでのんびり観戦してておくれやす。すぐ済みますえ」
「……なんで? どうして? なんなの、この人?! 何時もこうなの?! これが普通なの?! が喚けば、左近が刀を構えながら毒づいた。 「金と色欲に塗れた巫女が清いわきゃないでしょうに」 「人聞きの悪いこといわんといておくれやす」 「しかし目の付けどころは悪くないね。 「うちは神さんの遣いどす。強いて挙げるなら、これは神さんの御意志やわ」 「どんな邪教ですか、それ」 番傘と大きな刀が十数回、宙でぶつかり合った。 「…てんごいわはりはって…いややわぁ…」 阿国が左近と距離を取って、チャージを発動。闘気を身に纏った。 「どうやら本気みたいだ、俺も本気にならないとまずいかね」 刀背打ちにすべく返していた刀を、左近が手早く直した。 「丁度よろしおす。あんたさんいわして、様にどちらといるんがいいんか、知っておいてもらいましょ」 そこからはチャージと奥義を駆使した武技の応酬だった。 「…うそ…ちょ、どうしよう……どうしたら…」 にっちもさっちもゆかなくなった膠着状態を打ち崩したのは、騒ぎを聞きつけて城から出て来た三成だった。 「鬱陶しいのだよ!!!!」 彼は「卑怯と呼びたくば呼べ」と、言わんばかりの勢いで阿国に背後から無双奥義を叩き込んだ。 「あ〜れ〜!!」 阿国の体が宙を舞い、大地に落ちる。 「いい加減にしろ!!! 復興最中の当家で、これ以上物を壊すな!!!!!」 夜叉のような面持ちで三成は怒鳴り付けた。 「全く……左近、松風を貸してやるから、松永領にでもその女を捨てて来い」 三成は扇を閉じて身を翻すと、が座っている屋根の軒下へとやって来た。 「ほら、降りて来い」 「え…飛べって事?」 「他に方法があるのか? ちゃんと受け止めてやるから、飛べ」 「…う、うん…」 視線を上げれば、まだ遠方で慶次と風魔がやり合っているのが見えた。 「よいっしょ……っと」 は「落とさないでね」と言いおいてから、屋根の上で横に寝そべった。 「さて、捕獲は成功だな。城へ戻るぞ」 「え、この姿のままで?!」 が目を丸くすれば、三成はしれっとした顔で答えた。 「簀巻きも結構な事ではないか」 「どこがいいって言うのよ!?」 「何よりもお前が逃亡しないところがいい」 全くもってその通りの即答に、はぐうの音すら出なかった。
程無く、家を突如として襲った恋愛騒動は一旦の決着を見た。 『…時は…来たれり……』 三成に連行されるの姿を見て、あの鏡を売った老婆が嗤う。
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慶次さんがいるなら阿国さん絡みのドタバタは一度はやっておきたかった…それだけです。 それはそれとして、松永劇場、いよいよ始まりますよー。皆楽しんでね!(19.11.27.) |