簒奪者の恋 |
「徳川家康が、武田信玄、豊臣秀吉両名へ密書を送りました」 「内容は?」 「軍事力がものをいう事態になるのではないかと、懸念しているようです」 「そうか。臆病な狸は困ったものだな」 京の都にある私邸で、松永久秀は悠久の物語を紐解いていた。彼の趣味だ。 「排除しますか?」 「いや、必要ない。我が君は、家康・秀吉・信玄をお気に召しているご様子。力で奪えば悲しまれよう」 「ではどうするつもりです?」 「そうだな……我が君自ら、私の元へ来たいと思うようにし向けよう」 「本願寺を使うのですね?」 「ああ、だがくれぐれも気をつけねばならぬ。彼らは過激だ。 「了承しました。本願寺を動かします」 「そうしてくれ」 「久秀」 「何かな?」 「時が迫っています。明智に天下を取らせてはなりません。 「そう急くな、からくり。分かっている。 久秀が視線を書へと落とすと同時に、Cube-Aは姿を消した。 「指令です」 Cube-Aが姿を現して簡潔に用件を述べた。 「承った。じゃが人は殺せぬ、これ以上の殺生は出来ぬ…我らは僧だ」 「貴方方に選択の余地はありません。 「…くっ……」 「また今回の件では、貴方方の法力で人が死ぬ事はありません」 「嘘を吐け!!! 久秀が主家に弓引いた時はそう言って死んだではないか!!!」 僧の一人が吼えた。 「その質問には不可抗力であったと答えます。 「どちらでもよい。我らが顕如様の身を思い、手を汚した事には変わりはないのだ」 中央で体を丸めて苦しげに呻く僧の周囲に、若い層が集う。 「何時か、我らにも罰が下ろう…」 「では、それまでは働いて下さい。それが貴方方に課せられた仕事です」 Cube-Aは必要な事だけを告げて、本堂から消えた。
時は戻って、領では…。 「玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする」 机に突っ伏して、伸びをしながらが呟いた。 「何? 今、何と言った?」 「んー……えーっと……。"玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする"だね」 伸びをして、遠くを見上げるように諳んじれば、三成が勢いよく顔を上げた。 「ん? どしたの?」 視線だけ三成に向ければ、彼は酷く驚いた表情でを見つめていた。 「……そうなのか?」 「はい?」 「その和歌が、お前の…心か?」 「あー、ううん。そうじゃないの」 「何?」 身を預けていた机から上半身を起し、伸びをしながらは言う。
「最近、変な夢よく見てね。その中でこの和歌をよく聞くのよ。なんか、気になっちゃってね…。 「それが君主の仕事だ、弱音を吐いていても始まらぬ」 「分かってるけどさー。 「狸に何をさせる気だ?」
「別にそんなに大それたことはしないわよ? ただ口利き手伝ってほしいのよ。 「梶の方だ」 「そうそう、その人、随分と家康様に夢中らしいからさ。 三成が動かしていた手を止めて、筆を置いた。 「まぁ…妥当な案ではあるな」 「はー、早く帰ってこないかなー。早くちゃんと笹団子が食べに行きたいよ〜」 「逃亡計画なら、許さんぞ?」 ぎろりと睨まれては苦笑する。 「ねぇ、三成」 「なんだ?」 三成が再び筆をとって動かし始めた。 「さっきのさ、和歌の訳って、分かる?」 「…ハァ?」 動いていた筆が止まり、三成が顔を上げた。 「いや、だってさ…反応したからさ…意味分かるのかな〜って思って…」 「お前は意味を知らんのか」 「んー、古典とか英語とか、苦手なんだよねー」 三成が肩を揺らして溜息をついた。 「玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする」 彼は再び筆を置き、ゆっくりと立ち上がった。 「!?」 驚いて身を固くしたの肩に額を預け、感情をたっぷりと込めていう。
「命が終わればよいと思う。これ以上生きていると、想いを打ち明ける事を堪えている心が弱ってしまう。 「えっ、えっ、えっ!?」 真っ赤に頬を染めたから離れて、三成は鼻でふふんと笑った。 「…そんな、歌だ。恋歌だな」 「なっ、からかったのね!?」 「からかう? 俺は問われた事に答えただけだぞ」 が振り返り、三成の襟首を引っ掴んだ。 「そも、この歌を受け取ったのは貴様だろう。俺が送ったわけではない。お角違いの怒りを向けられては迷惑だ」 「う゛……そ、それは…そうだけど…」 勢いを失ったが手から力を緩めると同時に、三成はの掌をとった。 「思わせぶりな態度だったと、苛立ったか?」 「そんなんじゃないわ」 言い終える前に、今度は逆に三成に距離を詰められてぎくしゃくした。 「俺ならば、和歌などは詠まぬ。お前相手であれば、こうして実力行使に出た方が早い」 赤面して瞼を閉じかけたの目の前で、彼はしれっとした顔で掴んだ掌に一つ口付けを落とした。 「み、みみみみみみみみ、三成っ!!! からかわないでよ!!」 真っ赤になって叫ぶのの顎を三成の指先が捉える。 「なんだ? 弄ばれているとでも思っているのか? 心外だな。 「いい、もういいから!! 一旦離れてよっ!!!」 真っ赤になり、目尻に涙まで溜めたから三成は離れる。 「ふん、初心な事だ」 「う、うるさいなぁ、もう!! どっか行っちゃえ!!」 「言われなくても行く。仕事は山積みだ」 机の上に突っ伏して唸るをその場に残し、三成は積み重ねられた書を片手に室を後にした。 「おや? どうされましたか? 様」 三成と入れ替わるように幸村が書状の束を片手に暖簾をくぐり入ってくる。
同夜、月が天高くに鎮座する頃。 「ん……うぅ…んん…ん…」 寝苦しい夜だった。 「う…あぁ…ん…う…」 箪笥の中から溢れた光は、を中心に据えて、私室の中に線でも引くように駆け回った。 「…う…うぅ……あ…はぁ……っ…んっ」 寝返りを何度もうち、首を左右へと振った。 「は…ぁ…はぁ…あ……あっ…うっ…うう…」 夢が一定の風景を紡ぎ出すようになるまで、の苦しげな呻き声は漏れ続けた。 「はぁ……はぁ……はぁ………あ…ぁ……っ……ん…」 光の繭が浅い眠りにあるを包み込む。 『声がする……誰の…声…? 何? よく、聞こえな……』 何を話しているのかは分からない。 「……っ……スゥ………スー…スー」 の意識は、深い深い眠りの中へと落ちた。
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