松永久秀の暴走 |
時が迫っていた。 「時が迫っています」 Cube-Bが言い、 「迅速に計を成さねばなりません」 Cube-Fが答える。 「止めねばなりません」 Cube-Cが言い、各地にて人知れず任務を遂行し続ける球体が同意を示した。 「かの国の躍進を阻まねばなりません」 「久秀を使いましょう」 「無理です、今の久秀は動きません」 「何故?」 距離を感じさせぬ会話が人知れず夜の空で続く。 「この時の為に、我々は三十三年も前から準備を続けてきました。使うのであれば今です」 Cubeには人の感情などないし、理解も出来ないのだろう。 「懸想していても構いません。役割は果たさせます」 「そうです」 「毒を以て毒を制す」 「最良です」 人の言葉にあるように、邪魔な者を排除する為には、もう一人の邪魔な者を使えば良い。 「明智? 今はどうでも良い。それよりも問題は京の都で開かれている問診会だ」 なのにここに来て、計画が狂い始めた。 「何故ですか、久秀。そのような会での結果は、が天下を掌握すればいかようにも修正が利きます」 「それでは無意味なのだ、人の心に刻まれた記憶は決して消えぬ」 「…久秀…」 「からくり、お前たちには分かるまいな? ここは私に任せよ。 それも看過出来ぬレベルで狂ってゆく。 「何を考えているのですか? 久秀」 「時はすぐそこまで迫っているのに…」 「どうして、今になって?」 悠長だ。 「どうして……人とはこうも無駄が多いのか…」 理由は分かっている。恋慕の情だ。 「かの方は、貴方の救いを待っています」 「分かっている、これは必要な事だ。大事を成すには犠牲は付き物だ」 「その通りです、かの方には出来ない事です」 「当然だ…あのような儚げな面差しの方に、戦など出来ようはずもない」 「かの方の代わりに、英断を下せる者が必要です」 「私があの御方の剣となり、盾となる。 「久秀、貴方の働きがかの方を救う唯一無二の方法……辛くとも、今は、耐えるのです」 「任せるがいい。からくり。かの方は……様は、私が救う」 幻想を見せている間は、なんら問題はなかった。 「久秀、主家を裏切るというのか!!」 「それがどうした? 自らの主は、誰しも自らが決めるものだ。 先祖伝来の主家を滅ぼし、 「北条をけしかける」 「お舘様! 家が北条領を併呑しました…!!」 「構わぬ」 「し、しかし…」 「構わぬといった。聞こえぬか?」 「は、はは…」 「次は毛利だ」 「な、も、毛利をとると申されるのか!? 毛利とは十年来の同盟国ですぞ!?」 「天下を呑むとはそういう事だ、違うか?」 「は、は…はぁ…」 「………それでよろしいのですかな?」 「官兵衛か。案ずるな、どの道全てはあるべき場所へと回帰する。貴様が憂う事ではない」 「…左様ですか」 マスターの為の領地を作り続けた。 「あの、姫様は気にしないって言ってます」 予定が狂い始めたのは、あの懇談会。 「レプリカは本物には取って代われない」 「おそらく、生の声を聞き、感じ入ったのでしょう」 あれ以来、久秀は体裁を気にするようになった。 「荒療治が必要です」 かつて久秀と出会った湖の底から真紅のからくりが姿を現す。 「この策略が最善です」 「成功確率は…89%」 「他の方法を模索している時間はありません」 集ったCubeが口々に語り、最後に真紅のからくりが答えた。 「計画を修正します」
「ひっ、久秀様!!!」 「なんだ? 騒々しい」 自領へ戻っていた久秀の下へと三好三人衆が駆け込んでくる。 「そ、それが…珍妙なからくりが…」 「何?」 久秀が顔色を変えて立ち上がり、口伝に聞いた中庭に姿を表せば、中庭の池の上にあの箱が浮いていた。 「…何用だ、からくり。まさか…我が君に何か害が及んだか?」 久秀の言葉に、彼の傍に集っていた家臣団が顔色を変えた。 「久秀様、このからくりをご存じで…?」 「気に病むな。私の参謀だ」 「え、あ…左様で…?」 「害はない」 「は、はは」 久秀が身じろぐ家臣の間を通り抜け、中庭へと降りる。 「どうしたのだ、からくり」 掌を伸ばして赤い箱に触れて問いかければ、Cube-Aが久秀の後方をとった。 「案ずるな。皆は知らぬがかれこれ三十三年の付き合いだ」 振り返りもせずに、久秀は手の動きだけで部下を諌めた。 「あ…は、はあ…」 抜刀していた武士が次々に刀を鞘へと収める。 「からくり、何があった? かような騒ぎを避けるため、姿は隠し続けるはずだが?」 久秀はそれも無理のない事と割り切り、真紅のからくりへと問いかけた。
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