松永久秀の暴走 |
「…脅えなくていい、俺達が護る。必ず、お前が逃げ切るまでは、護りきる…」 「そ、そんな…逃げ切るまでって……それじゃまるで……」 その先を言葉にするのが恐ろしくてが言葉を濁せば、三成は言う。 「…ああ、そうだ。お前の想像する通りだ。 「良くない、良くないよ…」 「いいんだ、俺は…ただ、お前さえ…生きて、落ち伸びてくれれば、それでいい」 「三成、何言って…」 上ずる声で、溢れる涙を拭う事も忘れてが懸命に何かを言おうとする。 「…頼む…頼むから、これだけは…聞き分けてくれ……」 陣幕の中でが三成に強く抱きしめられている。
「俺は、怖い……敗北し…お前が敵の手に落ちることを考えると……たまらない…。 否定しようにも否定しきれぬ現実がある。 「だが俺は、お前に手を出されては…俺は………俺は、気が狂う…」 三成の告白を受けたが瞳を大きく見開き、息を呑む。
「これは、一体…?」 同じように見ていた家臣達の間に動揺が走った。
「ほらね、彼の本質は何ら変わっていませんでしょう?」 昌信がくすくす笑いながらに安堵を促した。 「本当、何時も通りだ。私の取り越し苦労だったね」 からから笑ったは残りの饅頭の包みに封をすると懐にしまった。 「様!? このような往来で、戯れが過ぎます!」 「えー、なんでよー。前に約束したでしょ〜?」 「や、約束…でございますか?」
「あれれ? もう忘れちゃった? 落ち着いたら、城下町でお汁粉食べて、買い物して、お城に帰ったら 他愛無い会話を交わしながら二人は仲睦まじく寄り添いながら、町の喧騒の中に消えてゆく。 「今日はどの音曲を奏でましょうか?」 「そうだな〜。今日はトランスかユーロビートがいいかな〜」
二人の間で交わされる言葉の意味はよく分からない。
久秀の顔色が蒼白に染まる。
「お前が腹を括ってやるって言うなら、俺が命がけで護ってやるよ。だから、そんな目は止めろよな?」 孫市の言葉には苦笑し、何度となく頷いた。 「うん、お願いね。女はしたたかにならなきゃ、ダメなんだもんね?」 「ああ。そうだぜ〜。 「考慮しときます」 「つれないねぇ」
「私は一足先に、国元に戻るけど…皆が元気に戻って来ること、信じて待ってるから……。 「ああ、分かってるよ。これ以上、奴らの好きにはさせないさ」 「うん。信じてる」
交わされた視線には強い信頼が満ち満ちている。
「……どういう……ことだ?」 久秀が擦れた声で問う。
「…許されると…本気で、思ってるんですか?」 「私達は、神様じゃないの。誰にも、どうにもできない事は必ずあるの」 「分かってますよ、だから俺は…潔く…諦めようと…。 「…それは、誰のため? 私の為だなんて言わないでよね? だってその選択じゃ、私の心は救われない」 痛いところを突いてくるものだと左近は顔を顰める。 「…姫…」 堪らなくなったのか、強く強く左近がを抱きしめた。 「そんなこと…言ったら駄目でしょう…。 「…戻って来てくれるなら、それでいい…」
戻ると宣言されて、ようやく安堵したというようには瞼を閉じた。
なんだ、これは。一体、なんなのだ?
「もう!」 膨れっ面れで文句を言いながら、は慶次の背へと凭れ掛かった。 「…不思議ね」 再び杯を取り上げて、慶次は煽る。 「本当に、不思議……どうして、何時も分かっちゃうの?」 「私が、限界近付く時……必ず近くにいるのは、慶次さんだ……不思議だなぁ」 「俺じゃ、不服かい?」 「ううん、何時もね、思うの。貴方で良かった、他の人じゃなくて良かった…って」 「光栄だねぇ」 「でも…悔しいな」 視線を落として探れば、は拗ねた子供のような顔をする。 「頼るのは、何時も私ばっかり。なんか不公平」 紡がれた言葉が嬉しくて、慶次は笑う。 「いいや、これでいいのさ。どんな鳥にだって、羽を降ろす場所は必要だ」 慶次の低い声に安堵を得たのか、は慶次の大きな胸板に身を預けて小さく頷いた。
「泣きたい時は泣けばいい。他人の目なんか気にする必要はない。俺がこうして隠してやるからね。 の泣き声が夜の闇の中に溶けてゆく。二回目の朝帰りが決定した瞬間だった。
「どういう事だと聞いている!!!」 わなわなとうち震え、久秀は血走った眼差しで振り返った。 「時が迫っていると申し上げたはずです」 「それとこれと、どういう関係がある!!」 常に涼やかな眼差しを絶やさず、感情の揺らぎなど微塵も出さない。 「大いにあります。時間をかけすぎです、久秀。 「なん…だと…?」 久秀は大きく眼を見開いた。 「貴方の労をかの方に早く理解させる為にも行動を起こすのです」 「何を言っている? 今俺が聞きたいのはそんな話ではない!!」 「久秀、落ち着きなさい。 ぶるぶると久秀の腕が震える。 「久秀、急ぐのです。天下を手に入れ、マスターをお迎えにあがるのです」 「……からくり……」 久秀が赤い箱に背を向けた。 「お前は、かつて私に言った……私こそがあの方の助けだと…」 「肯定します」 「では、今のはなんだ?」 久秀の手がゆっくりと動く。 「時は移ろうのです、久秀。先に言ったように、時間をかけすぎです」 「……掛け過ぎているだと? 俺の半生を掛けた計を……掛け過ぎていると…お前はそう言うのか?」
「貴方はよくやっています。マスターも貴方の労を知れば、必ず感じ入ります。 「奴が我が君を害するからか」 「その通りです。真の恐怖を打ち払ってこそ…」 からくりの言葉はそれ以上続かなかった。
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