松永久秀の暴走

 

 

「世迷い言よ!!」

 久秀が抜刀し、箱の一角に細剣を突き立てた。
ベコン! と音が鳴って箱の一角がへこむ。

「貴様の甘言につき合い、ここまでしたのは何の為だと思う?
 天下の為ではない!! 貴様の為でもない!!

 全てはあのお方の為……俺が欲したのは、後にも先にも、の微笑み、それだけだ!!!」

「久秀」

 浮遊していたCube-Aが動き、壊れた個所を修復しようとする刹那、

「喝!!」

 久秀が突き刺した細剣を強く刺し込んだ。
からくりの装甲に歪みが出ると同時に、細剣に強烈な雷撃が走った。
次の瞬間、白壁に映し出されていた映像が消えた。
続いて遠隔操作されていた球体が漏電し、大地へと落ちる。それだけではない。細剣から走った雷撃はからくりの中枢を傷つけたのか、浮遊していた箱すらも池の中へと落とした。

「ひぃっ!」

 家臣達が動揺し、からくりが落ちた池からは水が溢れ出て久秀の足を濡らした。

「私を舐めるな、からくり」

 一度、二度と、雷撃が真紅のからくりを打つ。
その度に大地に落ちた球体が漏電し、ぴくぴくと小さく跳ねた。
最後の放電で赤いからくりにつけられた全ての扉が大きく開いた。

「…私は、お前の傀儡ではない。私は、あのお方の臣! 貴様の思い通りになどなりはしない!!」

 バチバチと音を立てて、真紅のからくりが沈黙する。
やがて真紅のからくりは呪文のように一定の言葉を紡ぎ始めた。

「ERROR. ERROR. 認識コードを入力して下さい」

 久秀が刀を振り上げ、鞘へと戻す。

「ERROR. ERROR. 認識コードを入力して下さい」

「貴様の助言など、もういらぬ。これからは私のやり方でやる」

「ERROR. ERROR. 認識コードを入力して下さい」

 真紅のからくりに背を向けた久秀の目には狂気が強く貼りついている。
集った家臣全てが戦慄し身動ぎする。
彼らには一切眼もくれず、久秀は歩き出した。

「ERROR. ERROR. ………修復可能と判断。再起動します……3…2…1…」

 真紅のからくりが言う。
開いた扉が閉まり、転がっていたCube-Aが宙に浮く。
続いてCube-B、Cube-Eが浮き上がった。
球体は壊れた個所を修復すべく、ちまちまと動き出す。
一方でCube-Aだけが、ジーコロと音を奏でて辺りを伺い、天を仰いだ。

「時空の認識が出来ません……座標の確認を試みます」

 何かを思いついたのか、久秀が歩みを止めて、振り返った。

「Atomic Industry omega.」

 声に反応してCube-Aが向きを変える。
目のような役割を持つ緑の石の奥で何かがジーコロと音を立てて動いた。
おそらくカメラがピントを合わせるべく動いているのだろう。

「……貴方は、どなたですか?」

 真紅のからくりは問う。

「私の名は、松永久秀。を守護する者」

 久秀が淡々と答える。

「………マスターのことですね?」

「その通りだ。我が君の為、働いてもらうぞ、からくり」

「yes.sir. 私は何をすればよいのですか?」

「追々話そう、まずはの家臣を名乗る不忠者どもを根絶やしにする」

「…家臣を、名乗る…?」

「我が君を捕らえ、いいように貪るつもりだ。だがそうはさせぬ。尽く滅ぼし、我が君を奪還する」

「マスターは囚われているのですか?」

「ああ…かの国で、我が君は多くの苦難に見舞われた……もう看過は出来ぬ…」

 久秀の声に沸々とした怒りが満ちている。
真紅のからくりが久秀を観察し、彼の表情、声色、心拍数から嘘はないと判じたのだろう。
快諾の意を述べた。

「了承しました」

 返答を受けた久秀は真紅のからくりを見下ろし、満足気に小さく口の端を吊り上げた。
意識を切り替えようとしているかのように、小さく一つ息を吐く。

「だが我が君には地獄はいらぬ」

「久秀? 何を考えているのです?」

「からくり、本願寺へ飛べ。我が君には、しばし眠って頂く。
 全てが終わった時に、目覚めればそれでよい」

 真紅のからくりが沈黙する。
何かを計算しているのか、ひゅるんひゅるんと音が鳴って、箱の先端で光がちらちらと蠢く。

「迷っている時間はないぞ、明智の魔手が我が君へと迫っている」

「了承しました、任務を遂行します」

 

 

 夢を見ていた。
何時ぞやのように、花々が咲き乱れ、温かいそよ風に花弁が舞い散るような穏やかな風景ではない。
今見ている夢は、三年前に端を発した毛利・北条連合との千日戦争を思わせるような激しい戦の果てだった。

『……これは……一体?』

 困惑するの前に男が立つ。
広く大きな背中に、見覚えがある。

「さて…諸将の扱いだが……」

 男は落ち着いた口調で言葉を紡いだ。
聞き覚えのある声だ。

 

"玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする"

 

 そうだ、この声があの恋歌を紡いだのだ。
あのような恋歌を詠んだ男が、何故、どうしてこのような場にいるのかすぐには理解が出来ずに混乱する。

『一体、何が起きてるの?』

 打開策を求めるように、男の顔を見ようと動こうとするが、手足が思うように動かない。
まるで目に見えぬ枷に囚われているかのように、手足が動かせない。
 仕方なく視線だけで状況を把握しようと努めた。
神聖な者が祈りを捧げる場所とするような台座の上に横たえられていたことに気が付く。
台座の周りには、多くの屍が骸骨となって横たわる。

「あっ…!」

 思わず恐怖で声を上げた。
眼前に佇む男が微かに顔を動かし、肩越しにこちらを一瞬だけ見た。
だが逆光で、には相手の顔がまだよく見えない。
 何が終わり、何が始まろうとしているのか分からず、不安だけが募った。

「貴公らの働きには敬意を表する」

 男が言う。
目を凝らせば、男の背の向こうに、の禄を食む家臣の姿があった。
敗戦したのか、皆縛されて大地に膝をついていた。

「そんな! 皆!」

 段々と、状況がのみ込めてきた。

「お願い、皆を殺さないで!!」

 助命を願い、声を張り上げるが、眼前の男は微動だにしない。

「貴公ら全ての命と引き換えに、君主を救おう」

 縛されていた者達が伏せていた顔を上げた。

「俺達が死ねば、本当に…首は取らないのか?」

 三成が問う。

「止めて、三成!! 私、そんな事望んでない!!」

 張り上げる声は、まるで見えない防音ガラスに遮断されているかのようだ。

「誰が貴様を信じる? 貴様は主家に弓引き、将軍家をも脅かす不忠者。
 そのような男の弁など、信じられようはずもない!!」

「何とでも言われるがよい。だが貴様は、そんな私に頭を下げねばなるまいな?」

 男が軽く手を動かせば、三成の背に立っていた兵が彼の背を強く踏みつけた。

「うぐっ!」

 怪我でもしているのか、無理やり折り曲げられた三成の口の奥から苦悶の息が落ちた。

「分を弁えろ? 不忠と私を貴様は詰るが、貴様はどうなのだ?」

「何を…」

 三成の声は呻き声に近い。

「本来ならば敬意を表さねばならない主君に懸想し、その想いを隠そうともしない。
 貴様に私を詰る資格があるとでも思うか?」

 息を詰める三成の横で幸村が吼えた。

「人が人を思うは、自然な事! 咎められるべきことでは…」

「黙れ!!!」

「…よいのだ、幸村…さして苦でもない」

 苦悶の眼差しが、男を越えての目を捕らえる。
彼の目は、自身の身を覆う痛みより、囚われたの事を気にかけていた。
だがそれは三成だけではない。
囚われの身である家の家臣全てが同じだった。

「止めて、お願い!! 皆に酷い事しないで!! 止めてよ、ねぇ!!」

 叫んでも、声は届かない。
否、男には届いているのかもしれないが、取り合ってもらえない。

「…俺らが死ねば、さんには手は出さないんだね?」

 胡坐をかいていた慶次が問う。

「ああ。誓約しよう」

「そうかい、分かった! なら、遠慮はいらねぇ!! ずばっとやりな!!!」

「慶次さん!!!!」

「慶次殿!?」

 幸村が顔色を変える中、彼の横に座していた孫市が慶次のように身を正した。

「孫市殿?」

「幸村…これが最後の奉公ってことさ。彼女を救えるなら、安いもんだろ?」

「何を…」

 信じられぬとばかりに混乱する幸村の視野の中に、朱が散った。
掲げられた鉈に赤い血がこびり付く。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

 が絶叫し、頬に一滴の涙が伝った。

「止めて…お願い、止めてぇ!!!! 殺さないでぇ!!!!」

 声は届かず、救いの手はない。
一人、また一人と、家臣の首は落ちた。
生々しさを伴う悪夢の顛末に拒絶反応を起こすかのように、の視野は、やがて暗転した。
精神が衝撃に耐えきれず、眠っていながらにして気を失ったのだ。
 意識を失ったの耳には、

 

"玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする"

 

 あの恋歌だけが残った。

 

 

- 目次 -
久秀、覚醒。乱世の梟雄と呼ばれた男がついに動き出す。(20.01.03.)