四面楚歌 |
報告を済ませ、迅速に領へと戻るつもりで家の本拠地へと帰省した兼続は、城の周囲に、異様な気配を見とめると、息を呑まずにはいられなかった。 「なんということだ……このような邪気の中にあっては、我が君の身が危うい!!」 兼続は、城へ入ることをせずに、が得た邸宅へまず身を潜め、そこへと諸将を呼び出した。 「一体何用だ、兼続。俺は忙しいんだ。用があるならお前が城にこい」 が原因不明の昏睡状態に陥ってから日が経っていることもあり、呼び出された三成の機嫌の悪さは類を見ないものであった。 「皆にしてもらいたい事がある」 「あのですね、兼続さん。今それどころじゃないんですよ」 「落ち着け、島左近。お前達が気を揉んでいる件に少なからず関わり合いのある事だ」 眉を動かす左近から視線を外した兼続は、改めて己の腕を組み直し、言った。 「皆は呪詛というものを知っているか?」 「ええ、まぁ。話には聞いちゃーいますが」 「あの、兼続殿。それがどうかしたのですか?」 「どうやら私が不在の間によからぬ者が我が君に呪詛をかけたようだ」 「何っ?!」 呼び出された者全ての顔色が変わった。 「三成、左近、お前達には城の中である物を探してほしい」 「ある物?」 「呪詛をかけるにはなんらかの媒介が必要になる。我が君の傍に必ずあるはずだ。それを見つけ出してくれ」 「そうは言うが、簡単にこれと分かるようなものなのか? お前が城に戻り、見つけた方が早いのではないか?」 「いや、私が城に入るのはまずいだろう」 「どういう意味だ」 「敵に勘付かれる」 「むぅ…」 三成の横顔が険しさを増した。 「探すと言われても、何を目安にすればいいんです?」 「この呪詛は最近掛けられたもののはず。 「分かった。で、見つけ出した後はどうすればいい?」 「それは私がやる。まずは見つけ出すことが先だ」 三成、左近に了承を得た兼続は、視線の向きを慶次達へと変えた。 「此度の敵には恐らく何もかもが見えていよう。私がこの地に戻り、動いていることを知られるのは極力避けたい」 「で、では、この集まりも何者かの目に触れているのでは?」 幸村が心配そうにあたりを見回せば、兼続が小さく首を横に振った。 「その心配はない。この邸には私が魔払いの儀式を施した。 「ならよ、さんをこっちに移せば話が早いんじゃないか?」 慶次が言うと、兼続が首を横に振った。 「残念ながらその時期は逃してしまったようだ。 「気に入らぬ……」 「周到な相手ですね」
「そうなる。だが現状、見た感触では敵に我が君をすぐに殺す気配はないようだ。 「なるほど、益々性質が悪いね。こっちが下手に動いて自棄起こされたひとたまりもない」 左近が相槌を打った。 「そうなるな」 幸村、三成が顔を険しくすれば、兼続は先を続けた。 「こちらが敵の存在に気がついたことを、悟られてはまずい。 「それで俺達を呼んだわけですか」
「ああ。敵が形成した邪の結界を退けるには、外と内、二重の聖なる結界で覆い尽くすしかない。 「具体的にはどうすればいい?」 気が逸る三成を宥めるように兼続は答えた。 「慶次、孫市、幸村。この三人に指定の場所へある物を置いて来て貰う。 「なぁ、それは構わないんだけどよ」 今の今まで黙って来ていた孫市が割って入った。 「保護はいいとして、その先はどうする? 振りかかった火の粉は早い内に消すに限るぜ?」 指を銃の形に変えて、彼は狙撃のポーズをとる。 「他人にかけた呪いは、破られれば必ず術者に跳ね返る。我々が手を下すまでもない」 「なるほどな。自滅するからほっときゃいいのか」 「その通りだ」 「さんの奪還を、騒がず秘密裏に、早急にやんなきゃ駄目だって事だよな?」 「ああ。そうなるな。皆、頼めるか?」 兼続が頷いて一人一人を見やれば、誰一人として非を唱える者はいなかった。 「では、迅速に取りかかろう。速さが勝負だ、皆心してかかってくれ」
慶次、孫市、幸村を館に残して先に帰路についた三成と左近は顔を顰めて考え込んでいた。 「兼続はああ言ったが……お前、見当がつくか?」 「そうですなぁ……こういう時にさんがいてくれると、助かるんですが…」 「は今、獄中だろう?」 「ええ。座敷牢って事で伊賀の大将の怒りは抑えてますが、そろそろ厳しいでしょうな」 「俺もそう思う」 珍しく三成が溜息を吐いた。 「これだから女の嫉妬は嫌なんだ」 三成の独白に左近は目を丸くした。 「え、は? 殿、今何と…?」 「なんだ? お前も慶次も孫市も、お梶の方と共にいる時間が多いのに気が付いていなかったのか?」 「え、ええ…」 三成が足を止めて、茶店に腰を下ろし、言った。 「あれは政の駆け引きではない。女子独特の、友を取られたとか取られないとかいう、ただの嫉妬だ」 「ちょ、本当ですか? それ…!」 「左近、お前お梶の方が幾つか忘れているのだろう?」 「え、あ…確か十四でしたか?」 女性の年齢を気にするなんて野暮だと、左近は言う。 「お梶の方は十四、五。は十八かそこらであろう。市殿、愛殿、皆歳が近い」 「はぁ…」 三成の言わんとしていることが分からないのか、左近は目を瞬かせるばかりだ。 「分からんのか?」 「殿、頼みますよ。こんな時に焦らさんで下さい」
左近がお手上げだというように身ぶりをつければ、三成は湯呑の中の茶を飲み干した。 「そんなつもりは誰にもない。だが、本人は……仲間外れにでもされていると、悔しい思いをしているのだろう」 三成の言葉を聞いて、左近が身を硬くし、顔を上げた。 「仲間…外れ?」 「ああ。お梶の方以外、と何かしらの思い出がある」 三成の指摘の通りだと思った。 「……そうか……だから、一番覚えのめでたいさんに…矛先が向いた…?」 「ああ。戦でも大将を討って後釜に付く方が、早道だ。お梶の方は、それをしているにすぎぬ」 「なんてこった……!!!」 急須を置き、左近が頭を抱える。 「姫にはそんなつもりはない、姫はお梶さんの事をよく知らないだけだ」 「だろうな。知っていたら、彼女を理由に街へ降りる回数が増えているところだ」 経由の打開策は見えた。 「姫さえお梶さんに声をかければ、わだかまりは解ける。 「ああ。だが、肝心のは眠りの中だ」 「くそっ!!! どうしたらいいんだっ!!」 「探すしかないな。手立てを」 ジロリと三成が横眼で左近を見やった。 「…殿、半蔵さんを使いましょう」 「夫を忍ばせるのか」 「ええ。さんに話を聞いて来て貰うんです」 「悪くはないな」 二人は自然と会話を切り上げ、掌の中にある湯呑を傾けて茶を呑みきると、どちらからともなく席を立った。
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