光と影 |
家の最大の資材庫の中に、深夜、一人の来客があった。 「七番目…七番目の、飼葉の…下…」 目的地を定めた彼女は床下へと視線を移した。 「間違いない…ここが…」
独白し、確かめようとするように磨かれた石を一つ一つ手で撫でてゆけば、一つ緩みのある石を見つける。 「このような時間にどうされましたか」 「!」 隠密行動のはずが、見透かされたように声をかけられて息を呑む。 「もう一度伺います、どうされましたか」
声だけでなく、次の瞬間には目の眩むような閃光を向けられて、少女はたじろぐ。 「失礼、驚かせてしまいましたか」 明かりが調節されたのか、幾分か眩しさが和らいだ。 「…よした方がよいでしょう。そのような刃では、私は壊せません…」 「や、やってみなければ、分からぬ」
震える声、切羽詰った形相、異常な高鳴りを見せる心拍数から、相当追い詰められていると推測した。 「よろしければ、事情をお聞かせ願えませんか、レディ」
ゆるりと進んで彼女の落とした懐剣を車体の影へと隠せば、少女は惑うように視線を忙しなく動かした。 「……わ、わらわは………」 「ここでの事は、貴方と私の秘密にしましょう。 抑揚のない無機質な声に不安を覚え震えていた少女は、身を引くとその場からあっという間に逃げだした。 「…レディ? …何時でもお待ちしていますよ…」
通路を手探りで進む少女の背に向けられた言葉に、少女の胸には奇妙な迷いが生じ始めていた。 「……葵の紋……徳川の者が…何故?
人目を忍ぶように、まるで幽閉でもされるように用意された寝床に不満はなかった。 「…わらわの話を聞いてくれるというのは、本当…?」 「……はい、構いませんよ…」 「誰にも言わないのも、本当?」 「はい、貴方が望むのならば……それに、ここへは最近は誰も来ません」 の言葉に胸を突かれたのか、少女は強く唇を噛み締めた。 「レディ、名を伺ってははなりませんか」 「…わらわは……梶と申します…」 「……後の英勝院殿でしたか、拝謁嬉しく思います…」 よく分からないというように表情を曇らせる梶には言う。 「降りてきませんか。立ち話もなんです、宜しければ、私におかけ下さい」 の後部扉が開く。 「邪魔をする」 言葉少なく言って後部座席へと身を投じた。 「どのようなことがありましたか?」 問えば、梶はそわそわと辺りを見回した。 「扉を閉じれば、私の他に誰にも、声も姿も、見せる事はありません。ご希望があればそのようにしますが?」 「よきにはからえ」 即答を受けて、が後部座席を閉じる。 「わらわは、許しを願いにきた」 「どのような罪を犯されましたか?」 「……わらわは……わらわは…」 ぶるぶると震えて、声もか弱く揺れる。 「…そなたの主がここへ来ぬのは、仕方がないのじゃ。 驚きの事実を示されてもは何の反応もしなかった。 「…悔しかったのじゃ。とてもとても……悔しかった…」 「何故ですか?」 「…だって、だって………様は、忍びの妻を重んじてばかりいる。 そこで梶は声を詰まらせて「うううう…」と泣き崩れた。 「…政宗に愛姫を引き合せた時は度々愛姫のお屋敷へ出向かれたと聞く……」 話を聞いていたは、彼女の感情の動きに同調する事もなければ、憤る事もなかった。 「わらわは側室の身…高望みと言う事は分かっている…。 それは一重に歴史に疎いがピンと来ていないだけなのだろうが、それがこの場に居合わせる一人と一台に分かるはずもなかった。 「腹いせのつもりだったのじゃ。そなたは元はと言えば、様のからくりじゃろう? 「そうではなくなったのですか?」 の問いかけに、梶はおいおいと泣き崩れる。 「…天罰が下ってしまった」 「具体的にはどのような罰です?」 「……わらわが姑息な策を弄じるから、天がお怒りになられた。 「…それで、何故私を害そうと?」 「分からぬ……ここに来るまでは、そなたのせいだと思っていた。 しゃくりあげながら梶は言う。 「…でも、それは違う。本当は、わらわがいけなかったのじゃ…このように考えてしまう、わらわの心が……」 は沈黙し、それから淡々と問いかけた。 「英勝院殿、クイーンは、本当に病なのですか?」 「くいーん? くいーんとはなんだ??」 「クイーンは女王を指す言葉です。この国ではを指します」 「呼び捨てにするでない、無礼者!」 「失礼しました。それで、どうなのですか? 本当にクイーンは病なのですか?」 「そう聞いておる。重臣の方々も、様を心配していて、城内が張り詰めておる」 「そうですか…ですが、信じられません。この時期、が病に倒れるとは、私のデータベースにはありません」 「何を言う!! わらわが嘘をついているというのか! 無礼な!! 「落ち着いて下さい、英勝院殿。私は知りたいのです。それは、本当に、病なのですか?」 「え?」 室の中に躍動音が上がった。が稼働し始めたのだ。 「何をするつもりなのじゃ?!」 「英勝院殿、お願いがあります」 涙をせっせと拭く梶には提案した。
「我がマスターの代わりに、貴方が私をここから外へと出して下さい。ここは地中です。 「何故じゃ?」 「マスターの命令がないからです」 「またか!! どうして皆、あの者ばかり…」 「英勝院殿、落ち着いて下さい。 「でも、今言ったではないか」
「ええ、マスターの許しなく動いてはなりません。ですから、貴方に私を連れ出してもらいたいのです。 「感謝などいらぬ、わらわは……わらわとも、仲良くして頂きたいだけじゃ…」 「それが叶うと申し上げています」 「!!」 「お手伝い、願えますね??」
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