光と影 |
【Side : 川中島 - 街道 -】 所変わって、旧伊達領・旧領から続く街道沿い。 『領地再建は小十郎に任せてきた。後方の憂いはあるまい。 汗血馬に揺られるせいで、首から下げていた飾りの先端が頬を打った。 『臆すな、政宗!! 飛躍の時は今ぞ!! 腹を蹴れば、答えるように汗血馬が嘶く。 「はぁ!!!!!」 甲高い掛け声とともに矢を浴びせかけられた。 「ここから先は、一歩たりとも行かせはしません!!!」 汗血馬を見過ごし、霧の中から出て来たのは姫武者と白髪の若武者。 「くっ…読まれていたか」 大地を転がって難を凌いだ政宗が立ち上がる。 「お覚悟!!!」 鉄砲を使うには、場所が悪い。 「露払いは、私が…」
と、同時に、対峙する政宗・稲の間に山間から、一頭の馬が飛び出してきた。 「ちょっと待った! 井伊直政、ここに推参!! 三対二ってのは、卑怯だぜ」 「直政様!? どうして、ここに…!!」 「女子はこんなところにいては駄目だ、駄目すぎるぜ! 稲殿!!」 弓を構えた稲の顔に影が刺す。 「君は政宗を。私が井伊殿を捕らえる邪気を祓おう」 「信之様……お願い致します」 川中島へと続く街道沿いで、既に前哨戦は始まっていた。
【Side : 川中島】 濃霧に紛れて、強い殺気が川中島を席巻する。 「…ふむぅ…」 霧の向こうに並々ならぬ気の塊がある。他の追随を許さぬ突出した気迫だ。 「困ったもんじゃのう」 体よく謙信との一騎打ちにでも持ち込めれば、自分の見たものを余さず伝えられると踏んでいたが、そうはいかないようだ。ならばとる方法は一つ、と信玄は軍配を揺らした。 「軍略で語っちゃおうかね」 本体を囮に、武闘派三人集―――――蜂須賀小六、馬場信春、伊達成実を上杉本陣である妻女山へと差し向けたが、果たして啄木鳥戦法は功を奏すだろうか? 「下手を打ったかのぅ…」 本陣の周りには精鋭の武田騎馬を集められるだけ集めた。 「お舘様!! 別動隊より伝令!!」 「どうしたのかね?」 斥候が信玄の元へと走り込んで来た。 「別動隊に浅井長政様が合流されたとの事!!」 「おお!!」 これ程心強い事はないと諸将は顔を綻ばせたが、信玄にはこの報は、焼け石に水のように思えてならなかった。
【Side : 川中島 - 街道 -】 鉄と鉄のぶつかり合う音が上がる。 「まさか本多殿とやることになるとは…止めませんか、こんな事は。殿も望まない」 「それは殿と見えてより判じようぞ」 「殿の分身とまで言われる男が、殿の気持ちが分からないのか…」 「…今は、黙して戦え」 安い挑発には乗らないと、正信が刀を揮う。 「お互いこういう場は似合わないと思いますが」 「ならば引いて頂きたい!」 流石は幸村の実兄、武では幸村に劣らぬ力を持つ。 「信之様!?」 稲が声を上げれば、信之は答える。 「大丈夫だ、稲! 気を抜いてはならぬ!」 「は、はい!」 稲は懸命に弓を揮い、政宗へと向かう。 「政宗殿! どうしてかの魔女に力を貸すのです!! 目を覚まして!!」 「魔女? それは誰のことだ?!」 「お願いですから!!」 立ち位置を入れ替え、時に距離を測り、矢を放つ。 「稲、次は外さぬ。殿は天上よりおわした女性……侮辱は許さぬ」 「政宗殿!!」 独眼竜とまで呼ばれた男をここまで懐柔するのか。 「捨て置けません!! 貴方をここまで誑かす魔女! 必ず、稲の手で!!!」 「世迷い言よな!! 殿に手出しはさせぬわ!!! 政宗が一喝し、稲へと向かい駆け出す。 「くっ!」
振り下ろされた刀を避けて稲が掬いあげるように弓を振れば、政宗が後方に飛んで躱した。
【Side : 川中島】 信玄の読みは当たった。 「くうぅ!!! 耐えよ!!! 必ず、勝機は来る!!!」
退路を失いながらも、妻女山では浅井長政が味方を鼓舞し、西洋槍を懸命に揮った。
一方、八幡原では上杉謙信が破竹の勢いで進軍を続けていた。 「ひぃぃぃ…!!!」
恐れをなして逃げ腰になる将兵を掻き分けて、酒井忠次が懸命に戦場を駆けた。 「命が惜しくば退けっ!!!!」 忠勝が吼える。 「天よ、照覧あれ」 謙信が神がかった武技を見せつける。 「臆すな!!!! 武田騎馬の底力を見せよ!!!!」 山本勘助が吼え、懸命に武田騎馬隊を使って戦況を掻き乱し続けた。 「信玄!!!」 「謙信!!」 放生月毛を駆って単騎突入してきた謙信の渾身の一撃を、信玄が軍配で受け流した。 「お舘様!!!」 兵が悲鳴を上げる。 「ぐぬぬぬ!!!」 「どうした、宿敵!!! 魔に侵され真価が出せぬか!!!!」 謙信の言葉を振り切るように信玄が放生月毛の手綱を掴んで引いた。 「ぬおおおおおお!!!!!!」
山のごとく足を大地に踏ん張り、掴んだ手綱を引けば放生月毛がよろめいて倒れる。 「ぬうっ!」 防御を取った謙信とぶつかり合い、さながら鍔迫り合いの様相を呈す。 「謙信、こちらが極楽じゃよ」 「笑止! 魔に落ちし者は皆そう言う」 「人の事が言えるのかね? この戦、大義はないよ」 「ふっ…目が曇ったか。宿敵。かの地を覆う邪気、ただ事ではあるまい」 信玄の顔に影が射す。 「邪気、じゃと…?」 突然の出兵の理由はそれか。 『…松永久秀……これが狙いか…』
食えぬ男だと思っていたが、ここまで狡猾だとは思わなかったと信玄は怒る。 「せいっ!!!」 鍔迫り合いを制して謙信と距離を置くも、本陣から陣太鼓が鳴り響いた。 「くう、万事休すかね…!!!」
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