二つのからくり

  

 

【Side : 本願寺】

 家が動き出すより、一日早く。
本願寺を見下ろせる山道には、が鎮座していた。

"やはり、貴方が力を貸していたのですね"

 人の足では数日はかかりそうな距離に身を置く赤と黒のからくりは、距離をものともしていないのか、今にも駆け出しそうな躍動音を発している。

"何故ですか? 本来であれば貴方がの守護をするはずだった…その貴方が、何故…?"

 外界に洩れることなく特定の周波数では問いかけるものの、真紅に塗装された後継機からの返答はなかった。

"そうか……そうなのですね…"

 意を決したように、が戦闘形態をとり、山道を下り始める。
ぐんぐんと加速してゆくの存在に気がついたのか、寺に身を寄せていたからくりが動いた。

「緊急警報、緊急警報。所属不明の機体が接近しています。
 敵機と判断、目標を本願寺と予測。これより迎撃します」

 車体後部より突出していたアンテナが車体の中へと姿を隠した。
連動して天空に浮かんでいたCubeは統制を失ったように沈黙した。
銀色の球体から左右に突き出ていた扇型の翼が閉じる。
 と、同時に、へと及ぶ本願寺の呪詛の力が弱まった。
それを確認したが更に速度を上げた。
真紅のからくりが山道を降りて迎撃へと向かう。
 真紅のからくりは呪術の支援から、目前に迫る危険の排除へと、目的を変えていた。
がかつて述べたように多機能である彼の後継機は、猛スピードで迫ってくる敵機の出発地点を演算すると同時に、赤外線レーダーで周囲を洗いざらい見分し、森の中に身を隠す少女達の姿を見つけ出した。

「伝令・西方の山間に間者と思しき者を二名捕捉。急襲し、捕虜とせよ」

 からくりから発せられた令を受けて、苦々しい顔をした僧兵が動く。
に指定された森の中に身を潜めた梶とは、の帰還を今か今かと待ちわびていた。
彼女達は、自らの身に差し迫る脅威に気がついてはいなかった。

 

 

「ひっ、何の音ですの?!」

 遠くで轟いた銃声に二人は身を震わせて身を隠していた草むらの中から顔を上げた。
恐る恐る移動し、木陰から見下ろせば、二台のからくりが盆地で熾烈な戦いを始めていた。
 黒光りするの機体から見慣れぬ筒が突き出し、連続で火を吹く。
それが連射が出来る鉄砲であると彼女たちが認識するまでに時間はあまりかからなかった。
精度を欠いているのか、はたまた別の理由があるのかは定かではない。
だがこれだけははっきりしていた。
から射出される弾丸を受けている真紅のからくりは、が出来るように打ち込まれる弾丸を全て無効化する能力を有しているようだ。かすり傷一つ、ついていない。

さん、頑張って!!」

「負けるな!! !! 家の力を見せるのじゃ!!」

 手に汗を握り、二人が応援する。
二人の声がに届くはずもない。
二台のからくりは銃器による消耗戦では互いに標的を殲滅出来ない事を悟ると戦法を変えた。
距離を取り合って突撃しあい、互いの車体を追おうシールドの機能を削ごうとしたのだ。
シールドとシールドが物かいり合い、バチバチと音を奏でた。
ぶつかり合いで発生したプラズマが辺りに走り、周辺の木々を切り裂いた。
土煙を上げて争う二台のからくりの戦いは壮絶で、駆け付けた兵の手によって止められるようなものではなかった。

「警告します、ここから退去しなさい。ここは立ち入り禁止区域です」

「排除されねばならないのは、私ではなく貴方です」

 同じ抑揚のない声色が、異なる言葉を紡ぎながら戦い続ける。
ぶつかっては離れて、離れてはぶつかる。
力の違いがどれ程あるのかが、目視では決して計れない戦いの終止符は、意外な形で訪れた。

「警告します。立ち去りなさい。貴方を失えば、彼女達はどうやって帰りますか?」

 真紅のからくりの問いかけに、がほんの一瞬の隙を作った。
それを見逃さずに真紅のからくりから射出された特殊な弾丸によって、を覆っていたシールドが儚く砕け散った。
突進してきた真紅の機体を、紙一重の所で交わしたは言った。

「…残念です、貴方のスペックは私よりも遥かに上だった……けれど……」

 シールドを失ったが急加速で真紅の車体の横腹を突く。
シールドを突き破れぬのフロント部に歪みが生じて、フロントガラスさえもが砕け散った。
タイヤが過度の回転に耐えきれずに擦り焦げて煙を吐き、ついには摩擦熱により発火する。
突進し続けようとする力と、弾こうとする力の狭間で競り負けたの車体は、次の瞬間には前転でもするように宙を舞った。

「貴方は…不完全だった…」

 宙に舞ったの機体から生じた重力が、真紅の車体を襲う。
シールドが緩んだ一瞬の隙に、二台のからくりは鏡合わせのような状態で重なった。
端からそれが狙いだったとでも言うように、の周囲に強い磁場が発生する。

「私も貴方も、クイーンを護る為だけに生まれた。その任を違える事は許さない」

「警告します、ここは立ち入り禁止区域です」

 同じ言葉だけを紡ぐ真紅のからくりに、の車体がぴったりと重なりあう。
遠巻きに眺めていたと梶が、もっと良く見ようと目を細めた次の瞬間、轟音と共に紅蓮の炎が巻き上がった。

「!!!!」

さん!!!」

 二人が悲鳴を上げ、身を竦ませる。
もうもうと立ち昇る黒煙の向こうで、の車体と思しき破片がぱらぱらと辺りに飛び散って転がった。

「………そんな…」

 がぎゅっと、力を込めて胸の上でお守り袋を握り締める。
梶は茫然とした様子で座り続けたままだ。

「…そんなことって……」

 二人は己の頬を伝った涙を拭く暇もなく、迫って来た僧兵によって捕虜へと身を落とした。

 

 

【Side : 領】 

 松永家との戦が始まる前、秀吉に半兵衛は一つの策を授けた。

『本願寺は武闘派揃いって話なんだよね。
 ねぇ、秀吉様。仮に幸村殿が言ったように、松永久秀に脅されていただけだとすれば、
 顕如を解放したら、どうなると思います〜?』

『なんとォ! そうか! でかした、半兵衛!! 流石今孔明じゃ!
 顕如を救うことで、本願寺をこちら側に引き込む事も可能ってことじゃろ? 普通にありじゃろ!』

 半兵衛の助言を受けた秀吉は、あえて自ら指揮丈を手放した。
出自である農民の衣装をまとい、煤を顔に塗り、炭売りの姿へと変じて単独で本願寺への潜入を試みたのだ。
秀吉不在となった家の総大将は城にいながらにして三成が臨時で務めることになった。
内政官としての才はあるが軍略家としての才はイマイチである彼の下に凶報が齎されたのは、秀吉が単騎で領下を発った後のこと。各陣営の兵馬が決戦の大地となる千日戦争の跡地に集った日の夜であった。

「伝令! 松永軍総勢二十三万を目視にて確認!! 伊賀忍よりの報にて軍容判明!!」

「内情を述べよ」

「はっ! 総大将、蒲生氏郷! 軍師に大谷吉継! 先鋒・立花宗茂、藤堂高虎!! 
 各所領から続々と兵馬を動員している模様!! 兵糧運搬の要は三好三人衆とのこと!!
 尚、松永領より、田中吉政、細川忠興、小西行長、黒田長政が後詰として出馬したとの報もございます!」

「吉継だと?!」

「初戦に二十三万動員ですか…流石、松永家……今の今まで蓄えてただけはあるね」

 驚愕した三成に左近が言う。

「殿、これは戦だ。例え親友といえど、期待しない方がいい」

「あ、ああ…分かって…いる……分かっているとも……俺の務めは、今は名代を務めあげ、を護ることのみだ」

「期待してますよ。礎の護りは左近にお任せあれ」

「ああ、頼む…」

 圧倒的に不利な情勢下で、親友を相手に最愛の者を護る為に彼は采配を奮わねばならない。
その精神的な負担たるや想像を絶する。
 メンタル面のことを考えても、左近と配置換えを出来れば一番よいのだろうが、彼が内政官として非才であればある程、その選択肢は選べない。
おそらく松永久秀はそれを見越して、わざわざこの陣容を敷いたのだろう。
 この陣容を知れば、戦を始める前から三成に圧力を掛けられる。
戦う前から敵軍の中枢の戦意を一人分でも挫けば、そこが突破口になり得る。
一枚岩と定評のある軍と事を構えるのであれば、事前に些細な綻びを作る事は、軍略上では必要不可欠だ。

「吉続が…敵の軍師なのか……くっ」

 左近はこの重圧が彼に采配を誤らせはしないかと気を揉んだが、それ以上の意見を述べる事はなかった。
無論、彼とて言いたくないわけではない。
三成の想い人は、同時に彼自身の想い人でもあるのだ。
主と見込んだ男と、最愛の女性を護るためであれば、彼は悪鬼にも修羅にもなれる男だ。
だがその顔は、この戦では決して見せる事は出来ない。
 それは彼が千日戦争にて独断に走った前例がある為。
本来であれば断罪に相当する咎を、は死兵の遺言だからと不問にした。
今また主命に背き、和を乱せば、彼の家での立場は無に帰す。
そして彼に温情をかけたの風評も、地に落ちることになる。
それだけはなんとしても避けなくてはならない。
 の評判が地に落ちれば、ごたごた続きの家の結束は、あっという間に瓦解するに違いないからだ。
の手前、胸中に抱えている不平不満を口に出さない手合いは多い。
 そこを考えれば、例え辛かろうとも、ここは三成一人に耐え抜いて乗り切ってもらうしかない。

『…何もかも…あの男の…狙い通りってことですかね……堪んないぜ…』

 よかれと思って、起こした行動が、今になって影を落とす。
あの時はああするしか他に方法はなかった。
に出来ない決断だからこそ、左近が代わりに下したのだ。
それくらいは誰にでも分かっている。
だとしても、緊急事態に見舞われれば見舞われるほど、人々の心には負の感情が大きく揺らめいてしまうものだ。
そして自身を覆う不穏な影から意識を逸らす為ならば、時として人は平気で他人を攻撃し、生贄にしてしまう。
それが世の常だ。

『正念場だ……殿には、なんとか乗り越えてもらうしかない……俺は、俺にしか出来ない事を…』

 左近は迷いを捨てるように首を横にふり、配下の兵を伴って礎を配置した地へと向かって歩き出した。

 

 

【Side : 防衛戦線】

「さて…どうしようかねぇ? 引きずり出そうとしても奴さん、自分で出て来るようなタマじゃなさそうだ」

「面倒な話だよなぁ」

 三年前に血で血を洗った大決戦を繰り広げた地に、再び布陣する。
隊列を組んだ兵達の中にあの時以上の恐怖がないといったら嘘になる。
だがこの正念場を越えねば、は国としての命脈を繋げない。
それは学のない一兵卒であっても、本能で理解していた。

「まずはこの軍勢をどうにかしなきゃならないが…向こうは力押しで来れるだけの兵力だからなぁ〜」

 生々しい戦禍を残した砦の櫓の上から、緑の大地を覆い尽くす軍勢を眺め、孫市が言う。
隣に立つ慶次も気を引き締めてかからねばならないと判じているのか、顎を擦り頷いた。

「妙案はあるかい?」

「いいや。あれば愚痴ったりしてねぇよ」

「だよな。伝令の話じゃ、敵方には三成の顔見知りが多いって話だ」

「なら寝返り狙うか?」

「ああ。万に一つの勝機があるとすれば、それしかねぇが……どうだろうねぇ…」

「確かにな…あいつ、友達少なそうだかんな〜」

「それいっちゃおしまいだぜ、孫市」

 孫市がわざとらしく溜息を吐けば、慶次が豪快に笑った。
二人のコミカルなやりとりを見上げ、死相を浮かべていた兵達の横顔にほんの少し、ゆとりが生まれる。
それに気がつかぬふりをしながら、二人は思案する。

 

 

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