二つのからくり |
「少数で多勢に当たる時は…」 「火だねぇ」 「赤壁でも再現しろってか? 無茶だぜ、少なくともここは海上じゃない」 「全くだ」 やれやれと慶次が額に手を当てると、砦の前に白馬を駆った兵が飛び込んで来た。 「慶次様、孫市様!!」 「んぁ?」 「どうした?」 二人が視線を落とせば、兵は盆地を囲う山道を指し示した。 「御覧下さい!!!」 「「ん?」」 二人が同時に顔を上げて真逆の山々を見やる。 「おいおい、こりゃ…」 「マジかよ。すげぇな」 掲げられた旗の中に「忠」の文字が見える。 「誰ぞあるか!! 足利将軍の激に応え、宇喜多秀家着陣した!!!」 「ありがとうよ! 俺は前田慶次、本隊を預かってる!」 砦に向い、若武者が声を張り上げ、慶次が答えた。 「総大将はどこにいる?!」 「入ってきな、中で話そうぜ」 慶次が「こいこい」と手招きし、櫓から降りた。
【Side : 松永城】 「お断りします!! 誰が貴方のような方のお願いなんて!!」 松永久秀の前に引き出されたは、眉を八の字に曲げて唇を強く噛み締めて顔を背けた。 「勘違いされては困る、君に選択肢などありはしない。私の手足になるしかないのだ」 「断ると申し上げています。私の夫は服部半蔵です。 「…気丈な事だ。だがそれで君は後悔しないのかね?」 「え?」 「君には先にも言ったように私の手足になってもらわねばならない。 扇を掌の中で遊ばせながら話す松永久秀の言葉に、の顔色が変わる。 「…確か、の姫君は甘美な眠りの中にあるとか…」 「…どうして…それを貴方が…?」 「どうして? 当然だろう? 私が、招いたのだ。かの方を、極楽浄土の夢の中へ」 「そんなこと…出来るはずが…」 が小さな声で否定するが、久秀は相変わらず怜悧な眼差しで淡々と言葉を紡ぐだけだ。 「あるのだよ、私に出来ぬ事など、何もない。 は顔面を蒼白にして息を呑み続けた。 「…そうだ。君に、良いものをお見せしよう」 が戸惑いを露わにすると、彼女の背を老齢の侍が軽く押した。 「そんな……嘘ですわ……どうして…? …どうしてなの……? ……さん…」 余程ショックだったのか、はその場に平伏した。 「…なのに…どうして…!? どうして!! どうして貴方は、傷一つ付いていないのですかっ!!」 嗚咽を漏らすの背に久秀の声がかかる。 「このからくりは実にいい。強靭であり、任務には忠実だ。 「嫌です!!! 絶対に、絶対に力なんか貸しません!!!」 「何、すぐに気も変わろう」 の渾身の力を込めた拒絶を、久秀は意に介さない。 「取ってやりなさい。何も見えなくては不安だろう」 その言葉を受けて、梶にかけられていた縄と眼隠しが外された。 「そんな!! 馬鹿…な…!! 何故…何故じゃ…!!」 ふらふらと進み出て、己の手に触れてそのからくりの所在を確かめる。 「何故!! 何故貴様は壊れていないのか!!!」 悔しさと悲しさに任せて拳を振り上げてボンネットを叩くが、からくりはびくともせず、のように言葉を紡ぐこともなかった。 「……殺せ…」 久秀の声を聞き、からくりが躍動した。 「yes.sir.」 泣き崩れる梶を軽く小突いて玉砂利の上へと転ばせる。 「止めて!! 止めて下さい!!!」 咄嗟にが叫ぶ。 「待て」 「yes.sir. 待機します」 「……殿、私は多くを願わぬ。ただ、あれを君のように手足の如く動かしたいだけだ。教えを乞いたい」 久秀の声を聞き、梶が吼える。 「!! そのような戯言、聞いてはならぬ!! わらわのことなどよい!! 梶が叫べば彼女の周囲に向い数発の銃弾が撃ち込まれた。 「ひぃ!!」 砂利が飛び散り、砂埃が舞い上がる中で、と同じ声を持つからくりが言う。 「久秀は貴方に発言権を与えてはいません。これは警告です。次は射殺します」 「…!!」 「どうする? 私は、気が長い方ではないのだ」 久秀の問いかけには握り締めた拳で床板を数回打ってから息を吐いた。 「……お受け致します……全て、私の知っている事は…お教え致します……」 「賢明な判断だな」 「ですから!! 梶様は国元へ、お返し下さい!! 「よかろう。梶殿はすぐに帰して差し上げよう。 久秀が開いていた扇を閉じた。 「そんな!!」 「…理解出来ぬというのであれば、この交渉は決裂だ。 配下の兵がと梶を引っ立てる。
座敷牢に押し込まれたは己の膝を抱え込んで牢の隅で泣いていた。 「様……私……わたくし…」 離れ離れに幽閉されている梶の事が気になる。 「けれども……さんの弟さんは……あの方に与している………どうして…? 何故なのですか…」 悲しくて、辛くて、苦しくて、とめどなく涙は溢れた。 「う…うぅ……さん……教えて下さい、私は…どうしたら…?」 お守り袋の中には一枚の銀色の板が入っていた。 『これはメモリーカードです、念の為にお持ちください』 『めもり、かぁど?』 『記憶するものです』 『さんの日記帳ですのね』 『正確には違いますが、そのように判じて頂いて構いません』 『日記帳なら、私達の事もきっと記録されていますね。ふふ』 『機嫌が良いですね、何故ですか?』 『だって私、様のお役に立てましたもの。それにさんともお友達になれましたもの。
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