二つのからくり |
『日記帳ではありません。そして私は貴方の友人でもありません。 『言葉はどんなものでも良いのですわ。さん』 『…理解出来ません…』 『その内分かりますわ』 『そうでしょうか? それに日記は形を失えば意味を成しません。喜ばれるようなものではありません』 『さん、そうではないのですわ。思い出は色褪せるものではありませんの。 『心…ですか。やはり理解出来ません。私にはその概念はありません』 『頑固ですのね〜』
『頑固なのではありません、仕様です。私はクイーンを護る為に作りだされたからくりです。 『そうでしたわね、これからは皆さんと一緒に頑張りましょうね』 『その意向には同意します』 他愛無いやりとりが、無性に思い出された。 「……どうして……どうしてなの…」 呻き、嘆く間にも時は刻一刻と過ぎて行く。 「心は、定まったかね?」 固い格子の向こう側から、久秀に問われる。 「…!!!!!」 それは、梶が付けていた着物の帯。 「梶様に何を!!」 年端もいかぬ梶の身に、どのような凶事が及んだというのか。 「生憎、子供に興味はない。だがこの寒空の下、襦袢一枚で池の中にいては…何時病を得るか分からぬな?」 「なっ!! どうしてそのような酷い事が出来るのですか!!!!」 「あの娘の言葉を借りるとすれば、私は"乱世の梟雄"だそうだ。これくらいは平然と出来て当然だと思うが?」 「もう…止めて…ください…! …酷い事、しないでください…」 「それは君次第だ」 久秀が一歩強く踏み込む。 「どうする? 次は…あの娘の腕をもぐか、それとも美しい眼をくりぬくか?」 が恐怖に震え、歯がガチガチと鳴った。 「それとも……君の御学友に、もっと深い夢でも見せようか?」 「…………分かりました……貴方の…仰っていた通りで…宜しいですわ……。 の屈服を受けて、久秀は満足そうに頷いて、身を引いた。
翌朝、日が昇りきるよりも早く。
【Side : 城】 城の中庭に突如として現れたと同じフォルムの機体の後部座席から、全身濡れ鼠、肌襦袢一枚で病を得たような状態の梶が投げだされた時。その場に居合わせた女中衆は、皆いい気味だと陰湿な笑みを湛えた。 「梶殿ではないか、これは一体…?」 そんな意地悪な視線を霧散させたのは、療養中の立花ァ千代だった。 「何をしている! 早く湯の支度をせよ! 佐治を呼べ!!」 彼女の一声で漂っていた異様な空気が揺れた。 「うっうあぁぁぁぁぁぁーーーんっ!! ひっく…うっく…う、うう…ふぇぇ…っ」
ァ千代に庇われた事で抱えていた緊張の糸が切れたのか、梶が大声で泣き出したのだ。
「か、梶殿、どうした? 何か怖い事でもあったのか?! 誰に何をされた!? こういう時の対応に慣れていないのか、ァ千代が大きくうろたえる。 「梶様!! おおお、なんというお姿に!!」 呼ばれた佐治と親衛隊に保護され、梶が室へと移動する。 「誰ぞ、あるか!」 「は、はは」 「城へと参ずる、手配せよ!」 それ故、彼女はすぐさま城へと参内した。
【Side : 本願寺】 城に残した配下からの伝令で、愛妻を捕縛された事を知った半蔵は珍しく怒りを露にしたが、次の瞬間には、伊賀忍頭領としての仮面を被った。 「本願寺を落とせば状況は変わるはずです。 「分かっている…心配は無用だ」 幸村・半蔵の進軍を囮に、秀吉が裏山から炭売りの密告者を装って本願寺へと潜入する。 「わしが炭を籠に詰めている時に、の奇襲隊がこちらへ兵を進めているのを見ましたわ〜」 秀吉の密告を受けた本願寺の僧兵達は慌ただしく動き始めた。
『幸村、半蔵、頼むで〜。今回の策はおみゃーさんら奇襲部隊の働きが要じゃ!!』
【Side : 松永城】 幸村と半蔵が奇襲隊を率いて本願寺を取り巻く頃、は真紅のからくりと共にいた。 『どうして? このようなことに…? 私は……どうしたら……よいのですか……』 城の白壁には、からくりが映し出したの姿がある。 『…様…』 映し出される映像には音がない。 「…ねぇ、貴方。私は貴方のお兄様に当たる方に導かれましたの。 運転席に腰を掛けて、座席を調節をしながらは独白し続けた。 「…貴方にも、きっとさんのように、心も、考える力もあるはずです…。 ハンドルを握り、キーを解除して駆動させる。 「ねぇ、貴方、さんの遺志を継いでは下さいませんか。様を、私を助けて下さい…」 それと同時に希うように頭を預ければ、車内にと同じ声がした。 「理解出来ません…指令コードを入力して下さい」 「……さん……様……わたくし、どうしたら……」 「認識できません…指令コードを確認して下さい」 「………さん……」 涙ぐみながら姿勢を改めようとしたが、視線を落とした。 「…ブラックボックスをオープン…」
独白すれば、ほどなくギア部分の下から小ぶりなケースがせり上がってくる。 「………これは、きっと貴方が持つべきものですわ…」 首から下げているお守り袋から、銀色の鍵を取り出して、そこに置く。 「もう、いいかね?」 車外からの問いかけに、は小さく頷いた。 「はい、まずは、隣にお座り下さい。私が知る全てを、お教え致しますわ」
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嵐の前の静けさ…。(20.03.15.) |