烙印の代償 |
度重なる悪夢に晒され、疲れ果て、は肩を落とした。 『助けて、助けて…助けて…!! こんな所にいたくない!!! 声にならない願いを心で何度となく叫んだ。 「ひっく…うっく……うっ、ううっ…ひっく…」 幼い子供の声だ。 『どこ…? 誰が、泣いているの?』 乱れた着物の胸元を元に戻してよろよろと立ち上がる。 「うっく…うっう…ううう……いやだ…いやだよ…」 幼子の泣き声に胸を詰られて、がそろそろと室の中に進み出る。 「どう…したの? 何を泣いているの?」 この子もまた、あの影に囚われているのかと不安になり声をかける。 「したくない……こんなこと……したくないんだ…本当は……したくない…」 「え?」 「でも…仕方ないんだ…」 「何を言って…?」 「私が、しっかりしないと………あの方が、また泣いてしまう……嫌なんだ……もう泣かないでほしいんだ」 「泣く? 誰が、誰を泣かせているの?」 彼の背へと進み出て、ゆっくりと抱き締める。 「話して、お姉さんに…聞かせて? 何が苦しいの? どうして泣いているの?」 少年は肩をぷるぷると震わせて泣き続ける。 「……もう…誰も…殺したくはないんだ……」 「!」 想像もつかぬ言葉が出て来たことに驚くと同時に、戦乱の世であれば、このような幼子であっても時として人を殺める業を背負わなくてはならないのかもしれないと認識を改める。 「でも…私がしっかりしないと……泣いてしまう……あの方が、苦しんでしまう……」 「あの方? お殿様かな?」 少年は小さく首を横に振った。 「先生とかかな?」 また横に振る。
「いいんだ…何と言われても……この世の全てが、私の敵になっても…私は、構わない……。 「どうして?」
「頑張っても、我慢しても……何時も、何時も、あの方は泣いている……微笑んでいてほしいのに……… 彼を慰めるように頭を撫でた。 「…どうして……私じゃ駄目なの? どうして…何時も泣いているの…」 「君は優しいね。大切な人の為に、こんなにも傷ついて…苦しいはずなのに、一生懸命、我慢しているんだね」 「私など…大したことないのです。本当にお辛いのは……我が君の方…」 「お姫様…かな?」 問いかければ、少年は顔を伏せたまま小さく一度だけ頷いた。 「あそこが、何?」 不思議そうに問いかければ、少年はたどたどしく訴えた。 「我が君……泣かないで……私が代わりに……頑張るから……もう泣かないで…」 「あっ…」 顔を伏せたまま、少年が立ち上がる。 「駄目! そっちに行っちゃ…!」 嫌な予感に思わずが手を伸ばした。 「ねぇ、待って! そっちに行かないで!!」 が呼びかける。と、時を同じくして、彼の背に何かが現れて寄り添った。 「駄目! それの言う事を聞いては、こっちに戻って!!」 本能の感じるまま、叫んでも彼は歩みを止めない。
「立ち止って!! 言う事を聞いてはだめよ!! したくない事は、しちゃいけない!!! の声を聞いて、彼が動きを止める。 「!」 映し出されているグラフィックの中のは、一度たりとも彼を見ることはない。 「…我が君……」 それを見て、彼は自分が鞭打たれたかのような悲痛な呻き声を上げた。 「構わない……我が君の為……私が…羅刹になる………私が汚れれば…我が君は……汚れない…」 「……貴方…一体……?」 の独白を余所に、彼の背後で影が蠢き、甘言を囁いた。 「そうです、心を強く持ちなさい。貴方はマスターの為の地盤を作る選ばれし子。 「分かってる……私が…お救いするのだ…まずは力を手に入れなくては……だが…どうすれば?」 「簡単な事です、ある場所から奪えば良い」 「奪う? どこにあるというのだ?」 「あるではありませんか、すぐ、傍に」 「…お前は、私に簒奪せよというのか?」
「力は正しく使われなくてはなりません。それが、貴方の父君が仕えた主に成せますか? 「………考えるまでもない、我が君の国こそが…全ての者に平穏を与える」 「その通りです、では、何が最善なのか。貴方にならば、分かりますね?」 「……無論だ…。主家を乗っ取り…地盤を作る……あの方の為の国を作るのだ…」 「私が力をお貸しましょう」 「…力だ…力を手に入れる………手にした力で将軍を殺し…明智を滅ぼし…帝を廃し……我が君に天下を捧げる…」 「その通りです。さぁ、顔を上げて……貴方のマスターが、貴方を待っています」 再度深く頭を下げた彼の背が見慣れてしまった白い束帯に包まれる。 「あ…そんな…そんな…ことって…」 に悪夢を見せ続けたはずの影と、眼前で平伏している男の風貌が、とぴたりと重なる。 「そんなのって…ない……どうして? どうしてよ…なんでよ? なんでなの…」
打ちひしがれるの言葉に反応することなく、平伏していた男は顔を上げた。
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