烙印の代償 |
「……うそ……何、これ……どういう…こと…」 震えてガチガチと歯が鳴った。 「からくり! 草より報告が上がっているぞ。 「お待ちください、久秀。その者が真のマスターであると、断言できる材料は現状では皆無です」 「何?」 「マスターの名を語る、悪しき者やもしれません」 「……しかし…かように鄙びた地で何が出来る? 「久秀、時を待つのです」 「時、だと?」 「はい。かの者が真にマスターであれば、必ず難局を打破します」 「それでは、意味がないではないか。我が国は、私の国ではない、我が君の為の国だ」 「いいえ、久秀。貴方にはしなくてはならないことが山とあります」 「………我が君の御前に参上するよりも重要というのか」 「はい。南に小西・細川、背後には大友家。西には毛利・北条家……。 「…国を大きくすることが急務だと、そういうのか」 「肯定します。かの地には体よく捨て駒になれそうな者が集っているようです。 「……しかし…」 「どうしても気がかりというのであれば、他のCubeを派遣しましょう。これで逐一情報が入ります」 「最悪の場合、からくりに我が君の身を守らせることが出来る…ということか」 「はい」 「よかろう。だが念の為に聞いておく、捨て駒になれそうな者は何人いる?」 「現状では三人。前田慶次、真田幸村、島左近」 「ふむ…前田慶次…か。よかろう。しばし彼らに預け置く」 寄り添うからくりとの会話を切り上げ、久秀は身を翻した。 「柳生、皆を集めよ! 」 久秀が声をあげた。 「御館様!」 「戦支度、万時整ってございます」 「お下知を」
大きく瞼を開けて、まっすぐに見やれば、何時の間にか、彼の前には多くの将が集っていた。 「北条にを叩かせる。今の家であれば、そう簡単には落ちまい。 「仮に北条にが押し負けるような事があれば如何しますか?」 「憂う事はない。その時は毛利を焚きつけ、北条を滅ぼすだけだ。 「分かりました、ではそのように備えます」 "したくない……こんなこと……したくないんだ…本当は……したくない…" 「…嘘……なに、これ……一体…どうして…」 彼の指令を受けて、始まった戦。
「毛利と北条が結んだか…都合がいい。ここで毛利を絶やし、我が君の土地を増やす事にしよう。 「戦況報告です。膠着状態に入りました。 「内容は?」 「毛利の隣国へ、本隊はが引き受ける故、毛利へ攻撃をするように、と。 「要求が低すぎるな。それでは泣き落しにしか見えず、動きたくはなるまい。 「どうしますか? この状態は長続きはしません。マスターの心身にも限界が訪れています」 「! まさか我が君が戦地におわすのか!?」 「肯定します。毛利の攻撃が執拗な為、動かせぬようです」 「そうか…我が君が、かの地に……見過ごせぬな…」 「久秀? 何をするつもりです?」 「予定を変える、毛利は今すぐ併呑する」 「もうしばらく疲弊するのを待つのが上策です」
「からくり。窮鼠猫を噛むという言葉もあるのだ。大魚を狙う間に我が君に何かがあってはならない。 「了承しました。具体的にはどのようにしますか?」
「竹中半兵衛・伊達政宗が働きかけた領地へ密書を出せ。我が名を使い、毛利簒奪を匂わせる。 「財がある者には名誉を。名誉しかない者には財を…ということですね?」 「ああ」 「これで現状打破が出来ますか?」 「そうなろうな。もし仮に……動かなければ……その時は…。 "でも…私がしっかりしないと……泣いてしまう……あの方が、苦しんでしまう……" 「久秀、戦況が動きました。黒田官兵衛による簒奪成功です」 「そうか。何よりだ」 「ですが計算外です。明智領と領が隣接しました」 「……ふむ……今の家に明智と戦う力は残ってはいまい。朝廷を動かし、明智に使者を」 「どうするのです?」 「我が君にはしばし休息が必要だ。同盟を組む」 「明智とですか?」 「いや、我が君と隣り合う国々全てと、だ。 "我が君……泣かないで……私が代わりに……頑張るから……もう泣かないで…" 「……久秀……さ……ん………貴方……まさか…ずっと、ずっと……私の為に…? 私だけの為に?!」 膝を抱えて泣いていた少年の声がの耳に蘇る。 "いいんだ……我が君の為……僕が…羅刹になる………僕が汚れれば…我が君は……汚れない…" その声はやがて恋歌を詠む声と重なった。
"玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする"
今の今まで嫌悪しているだけだった。
『ごめん……ごめんね……久秀さん……ごめんなさい…!! 私の為に……なんて酷い事…!! ぶるぶると震え、が両手を地について頭を下げる。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! けれども久秀にはの声は届かない。 「久秀、時間をかけすぎです」 「どういうことだ!!!」 彼の背に貼りつく影が彼を惑わせる。 「時は移ろうのです、久秀」 「俺の半生を掛けた計を……掛け過ぎていると…お前はそう言うのか?」
「貴方はよくやっています。マスターも貴方の労を知れば、必ず感じ入ります。 彼の唯一の拠り所を、想いを踏み躙り、狂気へと駆り立てて行く。
「本来ならば敬意を表さねばならない主君に懸想し、その想いを隠そうともしない。 どうして三成達があのような仕打ちを受けたのかが分かった。 「…久秀さん…」 彼の思いの深さは分かった。 「お願い……久秀さん……目を…覚まして……きっと他にも道はある……そんなに自分を追い込まないで……」 の声が届かないのか、久秀は狂気に満ちた目で領を見据える。 「…我が君にはしばし眠って頂く……。 彼の言葉の終わりと同時に、夢幻の迷宮は暗転した。
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払いきれない代償。(20.04.16.) |