【Side : 川中島】
家と松永・本願寺連合との間で戦が始まった頃、川中島は混戦を極めていた。
海津城へと続く街道の戦いは政宗率いる伊達軍が制した。
対して、妻女山から八幡原に至る街道での戦いは、ねね率いる豊臣忍軍が浅井長政率いる別動隊を壊滅させた。
風魔の横やりを受けて海津城へと逃げ延びた浅井長政は、負傷した武闘派三人衆―――――蜂須賀小六、馬場信春、伊達成実を休ませ、自身は海津城入りした伊達政宗・井伊直政と共に歩みを合わせて八幡原へと打って出た。
そこには妻山女から降りて来た綾御前率いる上杉別動隊と、長政に泣きを見せたねね率いる豊臣忍軍とが軍を進めていた。かの軍の後詰には、柴田勝家率いる明智軍がいる。
武田本陣の周りでは、信玄と謙信、風魔小太郎と本多忠勝の一騎打ちが続いている。
信玄、謙信の戦いは一進一退を繰り広げていたが、風魔小太郎と本多忠勝の戦いは、小太郎に斜陽が見えた。
忠勝を相手にする一方で、戦場のあちこちに分身を送り込んでいる負担が、小太郎をすり減らしていたのである。
「穿つ!!」
「…クッ…!」
差し向けた分身が忠勝に撃破される。これで何体目の撃破か分からない。
忠勝は風魔の分身とのいたちごっこに苛立つことなく、着実に本体撃破を目指し邪魔となる分身を屠り続けた。
「政宗殿! 鉄砲隊を率いて風魔の救援へ!! ここは某が受け止めます!!」
「シヤァーー!! こんなんチョロイぜ!!」
「馬鹿、調子に乗るな。前ちゃんと見ろ」
海津城より打って出た浅井長政、伊達政宗に迫り来るのは豊臣子飼組。
先の小競り合いで勝利をおさめたが故か、勝ち馬に乗るような勢いを持つ。
「正則、清正、逞しくなったね。あたし、嬉しいよ」
「まっかせて下さい、おねね様! 俺と清正がいれば元気百倍っすよ!」
「お、おねね様…おねね様の前では、俺はまだ…」
奇妙な疑似親子の進軍を尻目に、綾御前が妖しげな笑みを口元に浮かべる。
「元気の宜しい事。ここは彼らに任せましょう。私達は謙信の元へ」
「そうはいくかァ!!」
綾御前と謙信の合流をさせてなるものかと、海津城で休んでいた武闘派三人衆が無理を押して打って出た。
彼らは死に物狂いで武を揮い、井伊直政と共に、綾御前の足を止めた。
「ぬぅ!! ここは任せるぞ、成実!!」
「おうさ!! 政宗様!! 本陣をお願い致します!! 鬼庭、政宗様を頼む!」
「承知」
武闘派三人衆に足を止められた綾御前を振り切って、伊達政宗と鬼庭綱元が大地を駆ける。
彼らに追随するのは伊達鉄砲隊の精鋭だ。 綾御前と武闘派三人衆との戦いは、流石に武闘派三人衆が優位だった。
多勢に無勢、手数で綾御前を抑え込む。彼らは何としても綾御前を敗走に追い込み、井伊直政と共に豊臣子飼組に当たる浅井長政の救援へと回ろうと必死だった。
海津城付近での攻防は拮抗しているが、後詰となる鬼柴田・前田利家の合流も時間の問題だ。
ここを突破されれば、本陣付近で強行される車掛りの陣に更に強力な一手が加わることになる。
それだけは避けなくてはならない。
「くぅ!!」
「こら、長政!! 早く投降しちゃいなさい! 勝ち目はないよ!!」
「信義の為、ここは引けぬ!!」
「もう、諦めの悪い子だね。お仕置きだよ!! ねね忍法!!」
ねねが印を切れば明智軍全軍に攻撃力が上昇するオーラが纏いついた。
兵力だけならばまだしも、攻撃力まで増した猛攻を受けて、の戦端が崩れて行く。
「くっ、ここまで…なのか…」
懸命に耐えながらも兵を鼓舞し、長政は武を揮う。
けれども四方八方から打ち込まれ、それに耐えながら反撃するだけでは疲労感ばかりが募りゆく。
このままでは長政の体力が削られて、敗走も時間の問題という矢先、の旗を掲げた一群が山道から打って出た。
「っ?! 馬鹿な、隠してたのか!?」
この軍団に後方を突かれ、挟撃される形になった豊臣子飼組の顔に焦りが浮く。
彼らの背を脅かしたのは、陣営にとっても予想外の援軍だった。 率いていたのは旧城を預かっているはずの市だった。
「長政様!! 市も共に…これ以上悲しみは生ませはしません!」
「市…どうしてここに?」
「栓無きこと…夫を慕い、寄り添うのは武家の細君の務めです」
「え、えええっ?! お市様までいるの? 女の子がこんなところに来ちゃ駄目だよ!」
「ねね、お退きなさい!」
市とねねの一騎打ちが始まる。
「皆も、ここで屈してはなりません!」
市が味方を鼓舞すれば、全軍に防御力上昇のオーラが纏いついた。
「ああ! ねね忍法が〜!」
ねねが慌て、その隙を見逃さず市が動く。
「負けない!」
市の無双奥義が余さずねねを捕らえた。
「きゃぁぁぁ!!」
「「お、おねね様!!」」
「奥義!!!」
ねねに気を取られた清正、正則の横腹を井伊直政が衝いた。
「押し通る!!!」
「くっ!!!」
「…んもぅ! 悪い子だね! この借りは覚えておくよ」
「逃げるんじゃ、ねぇからな! なァ!!!」
ねねと正則が敗走し、一人残った清正が虎刃火廣金(こじんひひいろかね)を構え直した。
「よくも、おねね様を!!!」
怒った清正の元に、後詰本隊、鬼柴田と前田利家が合流した。
【Side : 城下町】
水面下で繰り広げられる法力合戦は、兼続の精神力だけが頼りという状況に陥りつつあった。
それもそのはず。予見していた通り、松永軍と家率いる義勇軍が衝突し始めると、領へも敵の魔手が忍び寄って来た。
兼続指導の下、本願寺のかけた呪詛を退ける為に展開した守護結界。
その効力は、城下街の四方に配置した礎があって初めて発動できる結界だった。
ならばその礎を砕かんと、松永家に飼われている忍者軍団が城下町を跋扈する。
礎守護の任に当たっていた左近が防衛に奮闘するが、一人では離れ離れ五ヶ所に設置された礎を護り切ることなど出来ない。一つ、二つと礎は砕かれ、守備頭が辛うじて死守している第三の礎まで脅かされそうになった。
守護結界の破壊も間近かと兼続以外の陰陽師達が観念した矢先のこと。 第三の礎が何者かの力によって強固な法力を纏った。
敵の刃を退けた力の源は、名刀・雷切。立花ァ千代が所持している刀だ。
彼女は病み上がりの体を押して参内し、そこで仔細を聞くとすぐさま守護結界の中心地となる邸へと訪れた。
そこで常に肌身離さず手にしていた雷切を祭壇に捧げることで、剣に宿る力を使い同属性を持つ礎を強化したのだ。
第三の礎は計らずも雷属性を司る礎で、忍者が刃を突き立てると迎撃するかのように強力な放電を見せた。
「くっ…!!」
「い、今だ!! 力の限り押し返せ!!」
高圧電流に焼かれ、黒焦げになった仲間の姿に動揺する忍者を相手に、守備頭が奮戦する。
そんな彼らの元へと、別の礎を守り通した左近が駆け付ける。
「これ以上、好き勝手にはさせませんぜ?」
左近が武を揮い、第三の礎にたかっている刺客を一掃した。
時同じくして、城から隠密頭が出る。
「はいはーい、竹中半兵衛、参戦しまーす!」
破壊された礎修復の為に街中を駆ける隠密頭の護衛は城に残って外交を一任されていた竹中半兵衛が務めるようだ。
ァ千代の働きで第三の礎だけは攻略不能となり、敵の狙いが他の礎に集中する。
左近と半兵衛は連携を取り、敵の忍者軍団を操る者の姿を求めて、礎を護りながら、城下町を西へ東へ駆けずり回ることになった。
「本国へ伝達。マスターを覆う結界に障害が生じました。
任務を迅速に遂行する為に、戦闘制約解除を申請します」
城の天守よりはるか高みに鎮座していたCubeが状況不利を気取った。
松永家本国に残る真紅のからくりに指示を仰ぐ。
程無く、光の速さで"制約解除"の一報がCubeに齎された。
人知れず天空から各国の情報を収集していたCubeは、高みから降りて来て邪魔となる左近・半兵衛に向けて熾烈な攻撃を仕掛け始めた。
「任務遂行の為、障害はこの場で排除します」
「へぇ、ようやく出てきた。これが敵の尖兵か」
「いっちょ、お相手しましょ?」
予測していたとでも言うように十二方八将針(じゅうにほうはっしょうじん)を構えるのは半兵衛。
左近もまた掌中の猛壬那刀(たけみなかた)を強く握りしめた。
【Side : 本願寺】
本願寺麓の山道では、真田幸村と服部半蔵が苦戦を強いられていた。
「真田幸村、いざ参る!」
幸村が騎馬で先駆け、山道を突き進もうとすれば、突然現れた銀の球型のからくり―――Cubeが強烈なビームで彼の騎馬を撃ち抜いた。幸村は辛うじて受け身を取ったが、彼の真横に、Cubeは瞬間移動し、再びビームを見舞った。
山林の中を進んでいた半蔵が気がついて闇牙黄泉津(いんがよみつ)を彼の胴体に巻きつけて引きよせる。
彼が幸村の体勢を変えなければ、先の一撃で幸村は恐らく死んでいただろう。
本願寺に続く石段の前で、二人が愛用の武器を片手に構えれば、Cubeが姿を現す。その数三体。
石段を死守するかのようにくるくると回り、Cubeは人の言葉を紡いだ。
「警告、貴方方の来訪は歓迎されていません」
「この地への侵攻は認められません」
「この警告を無視した場合、武力を持って貴方方を排除します」
「…ぬぅ……」
三位一体なのか、巧みな連携をみせるCubeの一つから、小さな金具のついた触手が現れる。
先端の金具が口を開き、パカパカと開閉すると同時に、その金具に強い電流が走った。
先手必勝とばかりに半蔵が跳躍した。
くないを放てば、くるくると回っているだけだった第二のCubeが動きを止めた。
次の瞬間、Cubeの周りに歪みが生じて、目に見えぬ幕が全てのCubeを覆い尽くした。
キィンキィンと音がして、くないがその幕の前で止まる。
やがて吸い寄せられるように止まったくないは、向きを変えて幸村に向い飛んだ。
槍術をもって飛んできたくないを叩き落した幸村目掛けて、最初のCubeの目と思しき部分からレーザが飛ぶ。
「滅!」
これを半蔵が火遁の術で相殺。
二対三の戦いを本願寺の門前に配置された兵と、後方に控える僧兵の小隊が息を呑んで見ている。
彼らの顔は苦渋と緊張満ちていたが、一層苦い面持ちなのは本願寺の僧兵達だ。
誰一人として口にはしないが、彼らの願う事は一つだった。
の禄を食む二人が、このCubeを排除し、顕如を解放してくれること。
それさえ叶えば、相応の恩に応えられるのにと、彼らは手に汗を握る思いでこの攻防を見守っていたのである。
【Side : 防衛線】
松永家と義勇軍が激突する千日戦争跡地。
圧倒的な物量で押し潰しにかかって来た松永家と義勇軍の戦いは、意外にも義勇軍に優勢の兆しがあった。
それというのも、松永軍は人が多すぎる上に、君主自らが出馬していないが故の、足並みの悪さがあった。
総大将に据えられた蒲生氏郷の率いる軍の士気の高さは並外れていた。
が、いかんせん困るのは総大将の任を忘れて、突出したがる点にある。
蒲生氏郷のこの気風に、先駆けを任されていた藤堂高虎は不満を隠せずにいた。
というのも、藤堂高虎は松永家に仕官したばかりで、この戦で戦功を立てて松永家で上に行くことを望んでいた。
その為に自ら先駆けになることを志願したのだ。
快諾してくれた松永久秀の期待に応える為にも、なんとしてもこの戦で彼は戦功を上げねばならぬ。
なのに蒲生氏郷は彼よりも早く打って出てしまった。
敵軍であればまだしも、自軍の総大将に、彼は顔を潰されのだ。
藤堂高虎にとって氏郷の取った行動は、「お前は信用が置けない」と言われているようなものだ。 不貞腐れるのも無理はない。
一方で、同じように先鋒に配されているはずの立花宗茂は、総大将の突出になど関心はなかったようだ。
それもそのはず。彼には大きな心配事があった。 それは妻・立花ァ千代が国に身を置いているという現実だ。
久秀の弁では、心配はないとの事だが、どこまで信用していいのかが分からない。それだけに、気が気ではなかった。
かの国に刃を向ける事は、妻の身に危険を及ぼすことになるだろう。それを考えれば、憂鬱になる。
彼の意識は、その点にのみ集中していたのである。
『ァ千代…無事か…? 元気にしているか? 酷い目にあっていないか? …嗚呼……心配だ……』
士気がいまいち奮わないのは仕方がないにしても、彼の狼狽ぶりは美男子にはあらざるものであった。
吉継に「大丈夫か?」と問われた時は平然を装っていたものの、少しも冷静ではない事は誰の目にも明らかだった。
何故なら彼は、何故か愛用の盾と剣ではなく傘と箒を手に装備していたのだ。
これでは先が思いやられると吉継が顔を顰め、策略を練っている間に、小手調べと称して氏郷は自軍を率いて突貫攻撃を仕掛けてしまった。しかも迎え撃ったのは宇喜多秀家が従える寄せ集めの一軍。
利害の一致によってかき集められただけの軍であり、一枚岩として実績があり、手強いとされる軍本隊ではない。
しかも彼は、善戦こそしたものの、宇喜多秀家の指揮する隊の戦端を崩すことさえ出来なかった。
おそらくこの報を受けた三成は、氏郷を誘引し、前田慶次に叩かせて、短期決戦を狙うだろう。
それを阻止する為には、戦地に展開する将兵の足並みを揃えて、物量で擦り減らせる長期戦に持ち込むことが肝要だ。
だがそれは総大将が自ら先駆けを仕掛けて、失敗した後では、簡単に出来るものではないだろう。
将の気が乗る乗らないに関わらず、兵卒は戦功を欲して焦っているからだ。
「藤堂は何と?」
「はっ…準備が整っていないと…」
「…よく言う、鼻っ柱を潰された事でへそを曲げただけだろう」
「はい、そのようです」
「立花はどうだ?」
「は、はぁ……その……申し上げにくいのですが…」
「構わない、聞かせてくれ」
「はい。陣中にてァ千代殿の名をぶつぶつと呼びながら徘徊しています」
「……ふぅ…」
溜息と同時に吉継が目頭を押さえた。
「あ、で、ですが! 黒田官兵衛殿が気を利かせて、ァ千代殿に似せた藁人形を贈られました!」
吉継が顔を上げて、藁にも縋るような声色で問いかけた。
「それで士気は上がったのか?」
「さぁ」と苦笑いを口元に貼り付ける伝令兵を掻き分けて、新たな伝令兵が駆け込んで来た。
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