「申し上げます!! 立花殿、ご出陣にお時間を頂きたいとの事」
「何故?」
「は、はぁ……なんでも愛妻の具足をつけたら、重みに耐えかねて人形の背が折れたとかで…」
「もういい、聞きたくない」
評議机の上に手をついて、顔をそこへと埋める吉継の元へ、早馬から降りて来た伝令兵が掛け込む。
「後詰、田中吉政様、細川忠興様、黒田長政様、ご着陣!!
黒田長政様、細川忠興様におかれましては、何時でも打って出られるとの事!!
各軍士気は高く、攻撃許可を待っておられます!!」
一喜一憂という言葉がこれ程に似合うケースはないだろう。
吉継は望みが繋がったとばかりに安堵の息を吐いて、顔上げた。
だが次の瞬間には引っかかりを覚えたようで、伝令兵に問いかけた。
「そうか、この状況であれば助かるな。ところで小西はどうした? 彼の預かる土地は、黒田長政が預かる
土地よりも領に近いはず…このような遅れが出るとは思えないが…?」
「は、はぁ……その、街道にて土砂崩れにあい進めないと…早馬による書状が届いておりますが…」
「本当か?」
天候の崩れなどここの所あった覚えはない。
しかも街道の不備がなどと、松永領では聞いたことがない。
君主・松永久秀は、徹底的に国元を整え続けて来た。
防御力においては定評があり、攻め込むとなればただでは済まないことは、遠く離れた北の軍事大国にも知れ渡っている程だ。
堅牢でありながら神殿のような景観を持つ城の周りには運河のような堀があり、兵は船を利用して移動している。
掌中に収めた土地全てに、必ず幾つもの砦を築き、街道には何重もの関を設けた。
まるで、国自体が、国主を護る砦そのものだった。
いざ戦となった時、松永家の本国へ攻め入らねばならぬとしたら、何年かかるか分からない。
少なくとも本拠地となるはずの天守閣が攻められている間に、城主は別の城へと逃げ延びて、そこで反撃の準備を整えることが出来てしまう。
そのような松永家において、街道の不備などとは納得のゆく説明ではない。
吉継が顔を顰めれば、伝令兵は察したように一歩踏み込み、声を潜めた。
「その、の北の戦に原因があると思われます」
「北…?」
吉継は、松永久秀が軍師と呼んだからくりがとまとめた情報を羅列した書を広げた。
時系列を追っていた指先がぴたりと止まる。
「……加藤、清正……そうか……そういうことか…」
「加藤清正が脅かしている敵です。自身が攻撃をするということは、加藤清正と歩調を合わせることになります。
それだけはしたくないのではないかと…」
「だろうな。かの国を滅ぼせば、間接的に清正を喜ばせることになる…全く、困ったものだ…。
かといって海路から攻撃を命じた長宗我部、島津は移動中…。
家を海から叩くまでは、まだ時間がかかろう…。
ここは数こそ多いが、あまり心強い陣容ではないと見える…はてさて、俺はどうしたものか…」
吉継は自分の預かる本陣を見て、続いて敵の陣容を見る。
命令を待つ兵には何も告げずに思索に耽る彼は、口にこそ出さぬが悩んでいた。
『秀吉様は…かの君主に操られておいでなのか? 本当に、命を取られかけているのだろうか??
もしそうであったなら…何故、三成が動かない?? 秀吉様の真の敵は…誰なんだ?』
【Side : 本願寺】
所変わって本願寺。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
Cubeと戦う幸村、半蔵は即興で連携を取って敵に当たっていた。
幸村が引きつけている間に半蔵が早九字を切る。
すると本願寺周辺の天候が悪化し、濃い霧がかかった。
視界が利かなくなったCubeは石段中央に集まり、ぐるぐると回り始めた。
高速回転を繰り広げることでそこに竜巻が生まれる。
忍術で張り巡らせた濃霧がたちどころに霧散した。
「標的を確認」
目的を果たしたCubeはすぐに四散し、半蔵、幸村へと襲いかかった。
「はっ! せいっ!! やぁ!!」
幸村が炎槍素戔鳴(えんそうすさのう)を揮い触手を持つCubeと攻防を繰り広げる。
切っ先がCubeにぶつかる度に炎槍素戔鳴を通して電流が彼の体を打ったが、幸村は懸命に耐えた。
「くっ!」
幸村不利と見た半蔵が動く。
再び彼が印を切った。今度は分身の術だ。
四体の分身が現れ幸村の後衛も兼ねつつ動き出すと、防御を司るであろうCubeが動きを変えた。
「感熱センサーに切り替えます」
キュリキュラと音を奏で、Cubeの中央に填め込まれていた翡翠色の石が色を変える。
するとCube中に映る映像がサーモグラフィへと切り変わった。
熱を持つ人影が常人とは思えぬスピードで飛躍する。
いくつかの対象はあったが、その中でも一番強い熱を発する個体に向けて、Cubeは照準を定めた。
「母体と判断、迎撃します」
「チッ」
なかなか思うように先に進めぬ二人は、階段を中ほどまで攻め上がっては、防御による後退を繰り返す。
時代を覆すハイテク兵器との戦いは、異なる地で大隊とぶつかり合うよりも困難を極めると言って過言ではない。
だがここはなんとしても引くわけには行かない。
全ての戦況を覆せるかどうかは、一重に彼ら二人の肩に掛っているのだ。
【Side : 松永城】
各地で熾烈な戦いが繰り広げられている頃、松永家ではによって久秀がからくりの動かし方を学んでいた。
部位の名前、機能、操作方法をは懇切丁寧に教えた。
知りうる情報だけの伝達ではあるが、松永久秀は要領がよく、が一を話せばそれだけで十を悟った。
町中をこの巨大なからくりで闊歩する事は憚られる為、シュミレーション機能を使った走行に終始しているが、彼の腕はなかなかのものだった。
元より勤勉な性格であるから、呑み込みも早く、適応能力も高いのであろう。
方々から入ってくる戦や情報戦略の調整の為に、からくり自体の動きが鈍ることはあるが、それにすら彼は苛立たない。全くもってやり辛い相手である。
「ふむ……私はまだ平気だが?」
難関とされる曲がり角や狭路での走行を完璧にこなし、傾斜のある場所での停止と発進も数回の挑戦で取得した。
後退、路線変更と恙無く予習をし終えて、並行して雨天時の走行の予習までこなす。
集中力が高いのか、二時間も走行練習をすればかなりの疲労感を得るはずなのに彼は涼しい顔をしたままだ。
このままではあっという間に彼がこのからくりを掌握してしまう。
それだけはなんとか回避しなくてはならないと、は慣れぬ重箱の隅突きを懸命にし続けた。
「い、いけまんせわ。久秀様。決まり事は守らなくては…。
学ぶ立場の者は、決まった時間内で学ばなくてはなりませんのよ」
「ふむ……仕方あるまい、今日はここまでにしよう」
「は、はい」
「室に移り、学科の受講をしよう。それならば問題はあるまい?」
「は……はい…」
からくりの全機能を停止させ、久秀が下車する。
助手席からも降りて、草履を履いた。
時間稼ぎのネタがつき始めていることに彼女は脅えていた。
自身がかつてから教えられた内容は、本来であれば学ばなくてはならない事の十分の一程度の事だという。
それはがその都度その都度、補佐してくれていたからでもあるが、一方で時代背景に寄るところが大きい。
の弁を借りるとするならば、
「この世界にはまだ信号も踏切もありません。ないものについて学ぶ必要はありません」
ということである。
「」
どうしたらいいのか、どうする事が時間稼ぎに繋がるのかと考えている内に久秀はの前に立った。
伏せ気味だった彼女の顔の前で、軽く一度指を打ち鳴らす。
はっ! として顔を上げたに対し、久秀は流れるような動きで手を差し出し、室に入ることを促した。
「今日の学科は何を学べる?」
「あ……は、はい…そ、そうですわね。では…き、救護のお勉強を致しましょう」
「救護?」
「は、はい。蘇生術の一種ですわ」
「ふむ…興味深い。それでいこう」
「は、はい」
とぼとぼと歩き出したを見張るように、久秀が後に続く。
梶に対しての仕打ち、に対しての呪詛、世間を騒がせた噂の数々。
上げたらきりがないほど悪行が付き纏う男だが、は不思議だった。
彼は意向に従いさえすれば、そこまで酷い仕打ちはしないし、物分かりも良い。
そんな男が、時折見せる狂気とも思える仄暗く冷たい視線。その理由は、どこにあるのだろうか?
はなりに思案するようになっていた。
領土が欲しいのであれば、あのような策を弄じてを脅かす必要はない。
どちからというとは無欲な人間だ。 交渉する事で、この男の欲するものを与えてしまい、を呪詛から解放する事は出来ないものだろうか?
それともあのように悪評がつき纏い、時に悪事を平然と行えるような男に、世を任せるのは危険だろうか?
「あ、あの…久秀様」
「なんだね」
「受講の前に、少しお話をしませんか」
室に辿り着き、腰を落ち着ける。
傍仕えの者が茶を運び、久秀が茶を口に運びながら答えた。
「私が君と話さねばならない事でもあるのかね?」
「様の事ですわ」
顔色を窺うようにが切り出せば、久秀の眉が微かに動いた。
「いいだろう。聞こう」
「は、はい!」
微かな期待を胸に、は久秀がを脅かす必要性はないことを、懸命に訴え始めた。
二人が室に移り、話し始めた頃の事。
保管用の巨大な蔵の中に置き去りにされた真紅のからくりの中枢で些細な変化が起きていた。
全機能を司る中枢部に紛れこんだ小さな小さな、破片。
それが膨大な情報を演算する赤いブロック群の端で、行く場所を求めて彷徨っていたのである。
外部からもたらされたウィルスなのか、はたまた久秀による痛手で生じたバグなのかは定かではない。
排除するべきかどうか思案し、その破片をとりあえずは隔離しようと保護プログラムが近寄ってくる。
だがその破片の隔離は、完全になされる事はなく終わった。
「緊急警報発令、本願寺方面に機能障害発生と判断。
各地に配置したCubeを動員します」
久秀が戻って来たからではない。
機能が停止したからでもない。
より優先の度の高い事態が起きた事を、離れた大地に送り込んでおいたCubeが訴えて来たからである。
本体となる真紅のからくりは、破片を放置し、情報収集の為に各地に放っていた予備のCubeを呼び寄せた。
その数二体。念には念を入れるつもりなのか、二体全てを本願寺へと差し向ける。
赤いブロック群の注意は、今や外界に向かっていた。
本願寺で起きたトラブルが、無限の可能性を秘めたからくりを零に戻す隙を作ったのだ。
放置された小さな緑の破片は動く、ゆらゆらと、ふわふわと、何かを探すように、他の演算ブロックに翻弄されながら広大なネットワークの中を放浪し続ける。
唯一点、目的の場所を探して。
【Side : 本願寺】
「半蔵殿!!!」
幸村が吼え、半蔵が呼応して幸村の背を護るように立つ。
挟み打ちをする要領でCubeが瞬間移動を繰り返す。
ビームを打ち出すCubeが鉛をも溶かしそうな強烈な閃光を放つと同時に、二人はその場から飛びのいた。
「!」
半蔵を狙うCubeと、幸村を狙うCubeが向かい合う。
二人の狙いに気がついた時には万事休す、撃ち出された閃光が、防御を司るCubeを撃ち抜いた。
これによって小賢しい防御機能が消失する。
ぶすぶすと音を立てて石段の上を、打ち抜かれたCubeが転がる。
下に構えていた軍の小隊が、触らぬ神に祟りなしとばかりに避けた。
「防御がなくなれば、互角!! 負けはしない!!」
幸村がレーザーを打ち放ったCubeの射出口に向けて、気合い一閃、炎槍素戔鳴を突き立てた。
ぼんっ! と音が上がりCubeがまた一つ、石段に落ちる。
残る一体が幸村と半蔵に触手を向ければ、半蔵の闇牙黄泉津が触手を一網打尽にした。
放電し、逃れようとするCubeに向い半蔵が印を結んで先に雷撃を見舞う。
闇牙黄泉津の上で二つの電流がせめぎ合うが、制したのは半蔵の忍術だった。
彼は片手で雷撃の印を切り、もう一方の手で火遁の術を行使した。
雷撃の相殺に気を取られたCubeには火遁の術を防ぐ術はなく、次の瞬間には灼熱の炎に巻かれた。
「滅!」
Cubeが二人に撃破された事を受けて、俄かに本願寺の中が歓喜に湧いた。
『間違いない、顕如を解放すれば、本願寺はにつく!!』
希望も新たに石段を二人が駆け昇り、寺へと続く山門を超えようとした。
刹那、沈黙させたはずのCubeが舞い戻った。
「ああっ!!」
悔しそうに双方から悲鳴が上がる。
二人の侵攻を阻んだCubeがくるくると円を描き空中で回っていたが、突然動きを止めた。
三体のCubeの元へ、時空を歪ませて、新たに二体のCubeが現れて加わる。
合計五つになったCubeは一ヶ所に寄り集まると、繋がり合い、形状を変えた。
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