三方位防衛戦

 

 

「?!」

 二人が固唾を呑む中で、Cubeの融解と結合が終わる。
人の形を成したCubeがモデルにしたのは、討伐軍の要として異なる大地で豪快な武を揮う前田慶次の姿。

「なっ! 慶次殿!?」

「落ち着け、真田」

 動揺する幸村を半蔵が諌める。

「し、しかし…」

 機械的な声を上げて吼えた慶次のコピーが鉾を揮い、二人に襲いかかった。
後退して難を凌げは、慶次よりも力が強いのか、石段に大きな亀裂が入った。

「くっ!」

 後退しながら豪快な一撃を躱し続ける。
身のこなしは本物のそれ。
力は、本物以上。
紛れもない、これは前田慶次、そのものだ。

「…どうすれば…」

 困惑し、顔を歪める幸村とは相反して、半蔵は冷静であった。
繰り出される攻撃を避け続けながら、思案する。

『……完全な……移し身……完全…か……ならば…』

「くっ!!」

 打ち込まれた一撃を炎槍素戔鳴を盾にして幸村が受ける。
圧倒的な力の差があるのか、幸村の膝が曲がる。
Cubeが手にしている二又鉾の先端が突然形状を変えた。
のこぎりのようにキザギザになると、炎槍素戔鳴ごと幸村を斬り捨てるつもりなのか高速回転し始める。

「ぐうううっ!!」

 受け止める柄の部分でけたたましい音が鳴り、火花が散った。
このままでは幸村が真っ二つにされる。
半蔵は、己の思いつきに実証がないまでも、試さぬよりはましとばかりにCubeに向い闇牙黄泉津を投げ放った。
 Cubeが身軽に後退し、幸村が難を逃れる。
彼が肩で息を吐き、呼吸を整えていると、形状の変わった二又鉾が再び鉾の形状を持った。

「は、半蔵殿…このままでは…」

「臆すな、紛いものは、紛いもの……本体には遠く及ばぬ」

 どういう事かと視線で問いかければ、半蔵は敵が動くより早く、艶やかな声で述べた。

「主が三成に襲われている、いいのか」

 瞬間、人工知能を越えてモデリングしている者の本能が反応を示した。
コピーの視野が半蔵の示した方向へと向く。
すかさず半蔵が、コピーの横っ面を殴りつけた。
コピーがぐらりとよろめく。

「こういうことだ」

「え…?!」

 仰天する幸村の言葉など意に介していないのか、半蔵は更に追撃をかけた。
コピーが復活するよりも早く、

「左近が迫っているぞ」

 今度は真逆を示す。
コピーが再び反応を示し、横を向くと同時に背後を取り、膝の裏に蹴りを入れる。
がくんと傾いた背中に迷わずに回し蹴りを入れれば、 ズシャァ! と音を立て、大地を削りながらコピーは山林の中へと落ちた。

『……慶次殿と同じ姿なのに……馬鹿だ………この移し身……慶次殿と違って、ものすごく馬鹿なんだ…』

「……あの…こ、これでいいのでしょうか?」

 思い悩む幸村に、半蔵は淡々と答えた。

「勝てば、官軍」

「それはそうなのですが…」

 迷う幸村に対し、半蔵は言った。

「あの程度では沈黙はすまい。真田の、大掛かりな術をしかける故、しばし時間を稼げ」

「え…ど、どうやって?」

「今の要領だ」

 どうしたものかと、思い悩む幸村を余所に、半蔵は姿を消す。
その場に残された幸村は、背に腹は代えられないとばかりに覚悟を決めた。
立ち上がり再び襲いかかって来たCubeへと向かい、彼は顔を真っ赤にして叫んだ。

「ああ! あのような場所で様が孫市殿に!!」

 

 

【Side : 城下町】 

 左近と半兵衛は突如として現れたCubeから繰り出される射撃に手を焼いていた。
この場に雑賀衆頭領・雑賀孫市がいれば、まだ遠距離からの攻撃で牽制出来るかもしれないのだが、そうはいかない。
当の孫市は千日戦争跡地で前田慶次と共に松永家本隊とぶつかり合っている。
 ここはなんとしても自分達が食い止めるしかない。

「ねぇ、左近殿」

「なんです?」

 半兵衛が往来の反対側の物陰に隠れながら手で合図する。
同時にしかけようという事なのだと判じて、左近が頷いた。
二対一の戦いが始まってからというもの、普段なら活気溢れる往来に、空っ風が吹いている。
 無理もない。風魔が巻き起こす騒乱と違って、今回の防衛戦は呪術による環境汚染も伴っている。
一介の町民は皆家に入り戸締りをし、自分がその汚染で倒れぬように備えるくらいしか出来ない。
 何よりも、左近と半兵衛を相手取るCubeは、銃を二丁備えており、信じられぬ速さで弾を撃ち出した。

どのような構造がそれを成しえているのか、孫市に見せたら絶対に興味を示すに違いない。

「残念だよねぇ、生け捕り出来そうにないもの」

 半兵衛が愚痴る。

「全くだ、ちょこまかして面倒ったらないぜ」

 左近が同調して舌を打った。
彼ら二人が連携を試みようとすれば、先読みするようにCubeは動いた。

 突然往来から姿を消したかと思えば、左近の背後に現れて狙撃する。
気配で判じた左近が緊急回避を駆使して、逃げ延びる。
 させじと半兵衛が飛び出せば、今度は半兵衛の背へと瞬間移動する。

「半兵衛さん!」

 左近がアーツを駆使して救援する。

「っと、ありがと!」

 結局二人とも往来に引きずり出され、互いに背を護るように布陣するしかなかった。

「こりゃ、分が悪い…」

 旗色の悪い戦いを屋内から見ていた飯屋の店主が、裏口に回った。

「なぁ、どうするべさ?」

「俺達が出てっても邪魔なだけだ…」

「そういや……さっき邸にァ千代様が入ってくの見ったけな」

「それだ! 俺、ひとっ走りいってくら!」

「なら俺は城に行く。石田様を呼んだ方が早そうだ」

「ああ」

 裏口で顔を合わせた飲食店の店主と、お客が示しを合わせて、異なる方向へと駆け出した。

 

 

【Side : 川中島】

 ねね撃破が清正の意識を変えた。
戦功をあげる為の武が、敵討ちの為の武へと変容したことによって、長政が圧され出した。
清正達と違って連戦をこなしていた疲労が、ここにきて長政の足を引っ張ったのだ。
 そこへ明智軍の後詰である前田利家と柴田勝家の武が加わってはひとたまりもなかった。

「い…今は退く…守るべきものの為に…」

「鬼柴田が助太刀に参った!!!」

 肩を押さえて長政が戦線を離脱した。
離れた場所で懸命に兵を鼓舞していた市が悲し気な眼差しで身を翻した。
彼女の前に立ったのは、名乗りを上げたばかりの柴田勝家だ。

「お、お市様…」

 勝家が動揺し、手が止まる。

「勝家…退いては…貰えぬのですか?」

 対峙する二人の横を利家と清正が駆ける。
二人を正面から迎え撃つのは、武闘派三人と武田の騎馬隊を率いる山本勘助。そして井伊直政だ。

 

 

 武田本陣に着陣した伊達政宗は、引き連れて来た鉄砲隊を配備した。
本陣の目と鼻の先では、徳川の守護神と禍つ風が、八幡原西では謙信と信玄の戦いが続いている。
 どちらかに加勢出来たら良いのだろうが、妻女山から再出撃した福島正則とねねが本陣を狙っている為、動くに動けない。政宗は副将の鬼庭綱元と共に彼らの足止めに躍起になった。

『おのれ〜!! なんたる事か!! 徳川の守護神が聞いて呆れるわ!! とんだ脳筋ではないか!!!』

 川中島に布陣しているのが家康ではなく、秀吉だったら、どんなにか良かっただろう。
人たらしの異名を持つ秀吉であったなら、攻め上げてくるねねも子飼い達も耳を貸したはずだ。
 それがどうだ。家康の過ぎたる者はどうかと言えば、家康が声をかけようとも耳を貸さず、奮う武も止まらない。
家康が邪教か何かにハマって、その教祖に操られてでもいると、端から決めてかかっている。
 挙句、対峙した際には家康に対して彼は吼えた。

「殿ォ!! 我が武によって目を覚まされよォ!!」

 闘尖荒覇吐(とうせんあらはばき)で斬りかかっていないから、まだ、忠誠心は残っているのだろう。
が、吼えると同時に拳で強烈な一撃を頭部に見舞っていたところを見ると、説得はまず無理そうだ。

「おぐふぉ!!」

 しかも昏倒した家康をふん縛って、そのまま連れて帰ろうとしたから侮れない。

「壊してやろう」

 すかさず風魔が無双奥義を駆使して忠勝を牽制。
家康は縛られ、気絶したまま大地をごろごろと転がった。
 の病を抑えられる件がなければ放置しておく所だが、そうではないから政宗は地団太を踏んだ。

「あああああ!!! 面倒じゃ!!! わしが出る!!! 伊達鉄砲隊、援護射撃じゃ!!!」

 何が悲しくてわざわざ封じた本陣の門を、こんな理由で自ら開けなくてはならないのか。
忠臣に簀巻きにされたまま気絶し続ける家康を救援する為に、政宗が本陣から出撃する

「えええい!! この狸が!! 少しは痩せぬか!!! 天ぷらばかり食うでないわ!!!」

 家康と彼が着込む甲冑と筒槍の重量に翻弄されながら撤退しなくてはならない政宗の膝がガクガクと震える。
過ぎたるものの一つとして謳われる家康の兜のせいか、重心があちこちに傾いて、政宗の歩みは蛇行した。

「こらーーー!! 待ちなさーーーい!!!」

 攻め上がってきたねねの放つくないが政宗へと迫る。
だが幸か不幸か、家康の重量に翻弄される政宗の歩みを止めるには至らない。
己の兜の横を掠めて飛んでゆくくないに気がついた政宗は、闇雲に後方に向けて発砲した。

「てめぇ!! 何しやがる!! あっぶねぇだろうがぁ!!」

 ねねへの攻撃を福島正則が壁になってしのぎ、そんな正則の背を飛び越えてねねが軽快に攻め上がってくる。
ねねに本陣に滑り込まれる寸前の所で、政宗は家康を本陣の中へと蹴り入れた。
門を閉じて、真っ向からねねと斬り結び始める。
 家康救援を見事に果たした政宗は、声高らかに叫んだ。

「交代じゃ!! この戦の総大将は、これよりは武田信玄に非ず!! 徳川家康とする!!!」

 政宗が身勝手に発令した総大将交代の命令は、当然ながら武田の御旗を掲げる兵を動揺させた。

「有難うね、政宗! これでオジさん、謙信と心行くまで戦で語り合えるよ!!」

 流石、武田信玄。
政宗の独断を否定せず、機転を持って受け入れた。
これを受けて武田の武士の動揺が一瞬の内に収まった。

「さぁ、謙信! いっちょやろうかね!!」

 まるで竹馬の友が相撲でも取り合うかのように、二人は互いに打ち合い始めた。
が示唆した通り、川中島で信玄と謙信が対峙するという事は、十年戦争を覚悟せねばならない。
それこそ季節でも変わらない限り、停戦は迎えられないだろう。
 の予言を覚えていた信玄は、総大将交代は現状にあっては最善策だと判じていた。

 

 

【Side : 本願寺】

 ずずずず…っと大きな音を伴って、大地が揺れた。
本堂奥で囚われ続けていた顕如が閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

『ついにこの日が来たか…』

 このお堂で虜囚となってから二十年以上の時が過ぎた。
突如暗闇から現れたこの鈍色の球―――Cubeは、人のように休むことも、食べることも、意思疎通をすることもなく自身の命を脅かし続けた。
 このからくりが松永家が有するからくりだと知ってから、本願寺は彼に逆らうことはなくなった。
顕如の存命と引き換えに、口の出すのもおぞましい悪事に加担してきた。
今だってそうだ。音に聞いた話では、主家に弓引くだけでは飽き足らず、彼は将軍暗殺を企てた。
命からがら逃れた将軍を守護する慈愛の姫を、呪いもしたそうだ。

『なんと…恐ろしい……』

 外の喧騒は、恐らく慈愛の姫の軍が、姫の安寧を求めて起こしているに違いない。

『悪事には必ず相応の報いが下るもの…その時は…今かもしれぬ…』

 顕如は数珠を握り、掌を合わせて祈る。

「報いは我が身に…赦しを皆に…」

 ここに囚われてからずっとずっと同じことばかりを祈った。
そしてその祈りに答えたのは、神でも仏でもなかった。

「なぁに、そう悲嘆にくれるばかりが人生ではないんさ!」

 顕如が聞きなれぬ声に顔を上げれば、顔に炭を塗った小男が屋根裏から顔を出していた。

「いよっと!! ちょいとお邪魔するんさ〜!」

 身軽に飛び降りて来た小男は、懐から三貴宇津皇子(みはしらのうつみこ)を取り出した。
彼が左右に大きく振りかぶれば、三節に折れていた棍が繋がった。

「侵入者を発見! 侵入者を発見!! 排除します」

 問答無用なのか、顕如を脅していたCubeがけたたましく警報を鳴らして小男を標的と定める。
警報音を耳にした本願寺の僧兵は、初めて寺の中に埋伏の毒があったことを知ったようだ。
慌ててお堂に駆け込んで来た。

 

 

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