三方位防衛戦

 

 

「ほっ、ほいっ、ほいさっ、ほぅら! はっ、どうした、どうした! こっちじゃぞ〜!!」

 彼らはそこで自分の目では理解できない現実を目にすることになった。
炭売りの姿をした小男が三貴宇津皇子を振り回しながら、軽快に室内を飛び回る。
彼を仕留めようとCubeが向きを変えて銃を撃つが一発も当たらない。

「ほれ、ほれ、ほれ、どうした! 下手な鉄砲はどんだけ撃っても鳩にも当たらんぞ〜!」

 障害物もないのに、軽快に飛び跳ねて逃げ回る。
時に三貴宇津皇子をバトンの要領で回転させて撃ち込まれる銃弾を弾き、時に天井裏へと逃げ込んで明後日の方向から姿を現した。
 逃げ回る小男は、Cubeに対して一切攻撃を仕掛けてはいない。ただただ逃げ続けるだけだ。
これが相手が人間であったなら。策を警戒するか、苛立ってミスを生むはず。
だが無機質なからくりにはそうした隙はない。

「や、止めるのだ! 命を無駄にしてはならぬ」

 顕如が声をかけるが、逃げ回る小男はおどけた表情を見せて答えた。

「そう心配せんと、わしにお任せあれ!」

 「よっ!」と掛け声を上げて再び天井裏へと小男は逃げた。
駆けつけた本願寺の僧兵は、小男を捕らえるべきか、はたまた眼前のからくりを攻撃するべきか迷い、その場に佇むだけだ。彼らは苦悶に満ちた表情で手にした矛や槍を強く握ったまま、状況を見守り続ける。
 頭では顕如の為に小男の排除を考える。
一方で心は小男が顕如を開放することを強く願う。言わば囚人のジレンマだ。

「いや〜。おみゃーさんの射撃は見事じゃのう、一切、ブレがない!」

 からくりまで褒める小男に銃弾の雨が降る。
彼は相変われず逃げ続ける。
彼が逃げる先に顕如がいないことから、彼が顕如を害するつもりがないのは明白だ。

「じゃが、まだまだ甘いのう」

 天井裏に消えたと思ったのに、今度は小男は床板を突き破って姿を現した。

「そんなに撃って、おみゃーさん大丈夫なんか?? 残弾数、きちんと把握はしとるんか??」

 逃げ回る小男の言葉に僧兵達が息を呑んだ。
その可能性を考えて、この男は逃げ回っているのだとしたら、相当食わせ者だ。
身のこなしから考えても、ただの炭売りではない。

「いっくら、おみゃーさんが正確で? 休まんでいいとしても、脅す武器をなくしたとしたら、どうする??
 そん時はおみゃーさんはただのガラクタじゃ」

 秀吉の煽りに乗らず、Cubeは狙撃を続ける。当たらぬ狙撃を、だ。
やがてCubeに装填されていた残弾カウンターが0を刻んだ。
カチカチカチ、と空撃ちの音がCubeから上がり始める。
 それを待っていたように、小男は動いた。

「ほいさ!」

 ズドン! と大きな音を立てて小男が天井から顕如の背後へと舞い降りた。
僧兵の顔色が変わり、顕如も息を呑んだ。

「おみゃーさんはわしを排除せにゃならんが、この部屋において、
 おみゃーさんにとっての一番の障害物が何か、知っとるか??」

 次なる武器を模索していたCubeが動きを止めた。

「そうじゃ、正解じゃ。おみゃーさんはこのお人を人質に取っておる。
 人質は生きていてこそじゃ。わしはこのお人を殺そうと思えば、殺せる。
 じゃが、おみゃーさんは殺せんじゃろ??」

 小男は顕如の背に掌を重ねてゆっくりと顕如を押した。

「顕如殿、信じて下され。わしは豊臣秀吉、おみゃーさんらが脅かしとる慈愛の姫の懐刀なんさ」

「なんと…」

「わしはあんたを救う、じゃからあんたにはわしの姫を救ってもらいたいんじゃよ。普通にありじゃろ??」

 秀吉に押されるままゆっくりと歩を進め始めた顕如の動きに合わせてCubeが動いた。

「おーっと、妙な動きはせん方がいいぞ〜? わしを狙うには、顕如殿は大柄すぎる。
 おみゃーさんの攻撃が当たって顕如殿が死んだらどうするつもりなんじゃ?? ん? んん? よう考えてみ?」

 不敵に笑いながら秀吉は歩を進め、ついに顕如はお堂に囚われてから二十数年ぶりに自らの足で大地を踏みしめた。

「…おお…」

「…なんと…」

「…顕如様…」

 感嘆の声が僧兵から漏れた。

「さて、そろそろ仕上げじゃな」

 秀吉が低い声で独り愚痴た。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 ズゴゴゴゴゴ…と濁音を伴って、本願寺の本堂に何か大きな影が重なった。
その場にいる者がその影の元を探るべく視線を上げる。
岩と泥流の塊で象られた山のような大きさの熊が、大きく手を振り上げていた。
容赦なく振り下ろされた拳に、Cubeはお堂ごと叩き潰された。
 一呼吸遅れて人型を残していない五体のCubeが本願寺の敷地内に落ちてくる。
ブスブスと煙を上げて火花を散らすCubeには槍で刺し貫かれた跡が見て取れた。

「っか〜、派手じゃのう!」

 顕如を蹴り上げて、岩と泥流で象られた熊の攻撃の軌道から逃した秀吉は、大きく手を打って半蔵を褒め称えた。
熊の肩から飛び降りて来た幸村が顕如の前へ進むと掌を差し出した。

「顕如殿。私は真田幸村、国・国主、の名代です。救援に参りました。
 手荒になり申し訳ありません」

「いや…なんと感謝したらよいのか…」

 幸村の手をとって立ち上がった顕如の姿に、警戒していた僧兵の間で大きな歓声が上がった。
半蔵が組んでいた印を解けば、岩は岩に、濁流はただの水と泥に還った。
 術で圧し潰されたはずのCubeが最後の力を振り絞るかのように、よたよたと宙に浮いた。
逃げられる! と幸村が顔色を変え、半蔵が身構える。
だがそれよりも速く、三貴宇津皇子がCubeを貫いた。
 間髪入れぬ迷いのない一撃に顕如が目を見張れば、秀吉はにっこりと笑った。

「わしの奥さん、忍びなんじゃよ」

 そこで一呼吸置いた秀吉の声が抑揚を失う。

「ねねにそんな伝手はない、じゃ、誰が忍びの術を、ねねに、教えたと思う??」

 言葉は軽く、視線は冷たく、口元は朗らかに。

「わしがかつて信長様に見いだされたんは、調子がいいからってだけじゃーなんじゃな〜、これが〜〜」

 常に明るく前向きな豊臣秀吉の中に潜む、意外な一面を見た本願寺の僧兵は息を呑んだ。
幸村も半蔵も予想外だったのか、同じように言葉を失っている。

「顕如殿。に力を貸してくれんか? 潰した本堂は、後に倍返しで建て直しちゃる。
 だから、な? この通り、お願いするんさ〜」

 外交用の表情、声色で秀吉は願った。
顕如は言葉にするまでもなかったのか、静かに一度、頷いて見せた。

 

――――― 本願寺、解放 ―――――

 

 誰もが成し得なかった、成し得ると思っていなかった偉業の一つが達成された。
そしてこれは、対松永戦において大きな追い風の第一波となる。

 

 

【Side : 城下町】

 左近と半兵衛を脅かすCubeの話を聞いたァ千代は、迷うことなく祭壇に捧げた雷切を手に取った。
邸に駆け込んできた民の先導で件の戦地へ彼女が赴けば、左近も半兵衛も目を見張った。
 家に帰順したとはいえ、立花ァ千代はまだ手負い。
女袴に身を包んでいるとはいえ、このような場にいてよいはずがない。
 ただでさえ手に余るからくりを相手にしているのに、更に守らねばならぬ者が増えるなど冗談じゃないと真っ青になる左近と半兵衛に対してァ千代は言った。

「二人とも邪魔だ!! 動くな!!!」

 狙撃の的になっているのに動くなとは正気の沙汰じゃない。
まして相手は瞬間移動を得意とするからくりだ。
立ち向かう者が何人増えようが、状況が好転するとは思えない。

「雷切よ、我が意に応えよ」

 二人がァ千代に撤収を指示するより早く、ァ千代は雷切を構えて、天高く掲げた。
ァ千代の呼びかけに答えるように雷切がブゥン…と小さく振動する。
それと同時に、城下町の上空を暗雲が包み込んだ。
 ァ千代を中心にとぐろを巻いた暗雲の中で、バチバチと音を立てて稲光が迸る。
Cubeが天光の変化を訝しんだのか、天を仰いだ。

「え…ちょっと…これってまさか…?」

 半兵衛が息を呑んだ。

「もしかします…かね?」

 左近がごくりと唾を飲み込んだ。

「雷切、招雷ーーー!!!」

 ァ千代の髪がふわりと跳ね上がる。
静電気が彼女の周りに発生したのか、左近、半兵衛が顔を顰めた。

「いった!!」

「痛っ!」

 思わず二人が自分の武器を手放すと、時を同じくして。
強烈な稲光が暗雲の中から解き放たれた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 ァ千代の全身が神々しく光る。
瞳は透き通り、神とも魔とも形容できるような光を纏った。
 彼女の意思に呼応しているとでもいうのだろうか。
天から降り注いだ雷の雨は、城下町のあちこちを打ち付けた。
 降り注いだ雷の刃に穿たれて、大地が削れる。家々の瓦が砕ける。
火の見櫓の銅鑼すら跳ね飛ばした。

「わわわわわ!!!」

「ちょ!! 待って! 待って!! 俺達がせめて逃げてからで!!!」

「動くなと言っている!!! 下手に動くと当たってしまうだろうが!」

 身の危険を感じて叫ぶ左近、半兵衛に対してァ千代の答えは容赦がなかった。

「ちょ、ァ千代さん!?」

「え、まさか完全に制御できてないの!?」

「こんなものは、気合いだ!! 立花であれば気合でどうとでもして見せる!!!」

 あまりにも恐ろしいことを言い出したァ千代に、左近と半兵衛は息を呑んだ。
彼女を先導してきた民は、立ち並ぶ商店の軒先で亀のように縮こまっている。

「例えちょこまか動こうとも、我が雷光からは逃れられぬ!!!!」

「確かにそうかもだけど!!!!」

「ちったぁ加減してくれませんかね!!」

 左近、半兵衛が嘆くのも無理はない。
Cubeの射撃より、ァ千代の落雷の方が城下町を破壊しまくっている。
平時は内政官として国を栄えさせる知恵を求められる立場の二人からしたら、この損害と修復に掛かる費用と時間を試算せずにはいられない。
 だが正式に下ったばかり。まだそうした役職を任されていないァ千代には、その辺は一切気にならないらしい。
身動ぎできずにいる二人に対してァ千代は言った。

「そんなものが出来たら端からやっている!」

 敵の撃破だけであれば、気合だけでどうにか出来ると断言するァ千代に二人は恐れをなした。
巻き込まれた者だけでなく、屋内に身を隠した人々もまた、息を呑む。
屋内を劈きはしないものの、打ち付ける雷光の眩しさと音の大きさといったら凄まじい。
まるで大槌が大地を打つかのような振動と音だ。
まさにに雷神が降臨したと形容して遜色ない。

「緊急警報、緊急警報! 本願寺に障害発生!! 本願寺に障害発生!!」

 雷の雨から瞬間移動で逃れていたCubeの動きが突如として鈍くなる。
Cube同士が同期している影響だろうか。
本願寺で奇襲部隊を迎撃していたはずのCubeの信号が途絶えたと、警告アラートが鳴り響く。
その知らせはCubeの電脳を混乱させると同時に、大きな負荷をかけたようだった。
 その知らせを聞きとり、の録を食む将の意識が高揚する。

「やった! さっすが、秀吉様!!」

「勝機!!」

 半兵衛が破顔し、ァ千代が不敵に笑う。

「この地より、去れ!!」

 ァ千代は掲げた雷切を力の限り振り下ろした。
彼女の一刀に呼応して、一際大きな雷がCubeへと降り注いだ。

「高圧電流を確認、危険と判断。防御します」

 雷に穿たれるよりも一瞬早く、Cubeが天空に向けて透明の幕を貼り巡らした。
傘のようにCubeを護るそれに阻まれているのか、雷撃が幕の上で押し合いを続けた。

「くぅっ!!!」

 雷では幕を貫けぬと判じたCubeが銃口の標準をァ千代に定めた。

「負けぬ!!! 決して、立花は折れぬ!!!」

 雷切を握るァ千代の手に汗が伝う。
放電し続けようとするが、ァ千代は病み上がりだ。ここぞという時に踏ん張りがきかない。
一歩足を後方へと引いた。
すかさずCubeの銃弾がァ千代を襲う。

 

 

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