「やぁっ！！」
銃弾が誾千代に着弾するより早く、半兵衛が十二方八将針を取り上げて神速攻撃を仕掛けた。
半兵衛はCubeを攻撃するのではなく、神速攻撃で誾千代とCubeの前に躍り出た。
半兵衛は十二方八将針を盾のように構えて誾千代を護った。
十二方八将針に無数の弾丸が撃ち込まれる。
「～～～～っ！！！！」
金属と金属がぶつかり合う音が耳に突き刺さる。
そして十二方八将針にも雷撃が引き寄せられる。
最高レベルに鍛えた甲斐あってか、十二方八将針は銃弾の雨を受けても貫通を許しはしなかった。
自身の武器が引きつけた雷撃に痺れながらも半兵衛は歯を食いしばって耐えた。
彼に庇われる誾千代が操る雷撃と、Cubeの展開する幕との拮抗は崩れない。
苦し気に誾千代が顔を歪ませた。額に汗がにじむ。
薄っすらと羽織に朱が浮かび上がってくる。傷口が開いたに違いない。
「誾千代殿、もうひと踏ん張りだ…よ、堪えて…！」
眉をハの字に寄せた半兵衛が、掠れた声で鼓舞し、
「威勢をかろう」
後ずさりかけた誾千代の腕と肩を、背後から支えたのは石田三成だった。
彼もまた、城に駆け込んできた民の先導を受けてこの場へと参戦したのだ。
三成の支えを受けて、誾千代が踏みとどまる。
「雷切！！！ 邪なる者を退けよ！！！」
一気呵成、誾千代の渾身の薙ぎ払いを受けて、天から追撃の雷が降った。
それに合わせて左近が下からCubeに斬撃を喰らわせる。
拾い上げた猛壬那刀の強烈な一撃を受けて、Cubeが損傷。
傘のように展開していた幕が消えた。
今度こそCubeは雷に貫かれて、沈黙した。
バチバチと音を立てて大地を転がったCubeは、ブスブスと煙を吐いた後に小さく爆ぜて、全機能を停止した。
「…終わった…のか？」
逃げはしたものの、多少なりとも感電したと表情で左近が語る。
「はぁ～、咄嗟とはいえ…もうこんなことしたくない～。俺の羅針盤は盾じゃないっての～」
膝に手をついて肩で呼吸を整えているのは半兵衛だ。
誾千代はと言えば、三成の手を借りて商店の軒先に誘導されてその場に腰を下ろしていた。
「おい、大丈夫か？」
完全に傷が開いたようで、誾千代は軽い貧血を起こしているようだ。
三成が懐から出した手拭で傷口を圧迫し、屋内に立て籠もる民に救助を求めた。
屋内に身を潜めていた民は当然とばかりに誾千代を屋内に引き入れた。
店に仕える番頭が医療所に向かって助けを求め、走り出す。
「銀狐…持って、行け…しばらくは…必要になる」
誾千代が視線だけで屋外を示した。
Cubeを撃破したものの、領を覆う邪気は、まだ晴れてはいなかった。
「済まぬ、借り受ける。必ず返す」
「ああ。そう願う」
激戦を終えたとはいえ、難敵を一体退けただけだ。
邸で兼続率いる陰陽師達はまだ法力合戦に精を出している。
防御結界の礎も、引き続き守らねばならない。
城下街の中に潜む敵の掃討はまだ済んでいないのだから。
差し出された雷切を受け取った三成は、礎の守りを強化すべく邸へと向かい走り出した。
兼続がを呪詛から守り抜き、別働隊が松永家を打ち破るまで、気は抜けない。
【Side ： 松永城】
本願寺に派遣したcubeに続いて、城偵察の為に派遣したCubeまでも破壊された。
Atomic Industry
Omega.と名付けられた真紅のからくりは相次ぐエラーの対処に追われていた。
再起動、復旧、修復、どの方法をとるべきか模索しても、状況は芳しくない。
各地に派遣したCubeの信号が一切捕捉出来ないのだ。
真紅のからくりは各地に派遣したCubeが完全に機能を停止したと判断した。
「代替案を模索します」
各地の情勢が読み込めない。
これでは松永久秀が望んだ目的を果たせない。
どうしたものかと人工知能が最善策を模索する。
「……………中……」
アーカイブの中から現状に適したデータを、前例を、方法を探して、電脳世界で忙しくなく人工知能は動き続けた。
目まぐるしく働く赤のブロックの合間を、緑の破片は揺蕩う。
一見して、風に翻弄される小さな木の葉のように、ふわりふわりと電脳世界を押し流されてゆく。
「……修…」
電脳の中枢、人工知能の核を護る強固な防御壁は、何の因果か松永久秀が怒り狂って破壊した。
その修復に追われるプログラムの横で、による運転講習のプログラムが走っている。
「………修復……」
戦地の情報統制と処理、Cubeの管理と戦闘支援、本機の修復、講習支援、全てが同時進行だ。
いかに遠い未来の技術を駆使していようとも、やがて限界は来る。
オーバーワークという言葉は、何も人間にだけ適応する言葉ではないのだ。
「……………修復中…」
「……………修復中…」
「……………修復中…」
「……………修復中…」
「……………修復中…」
揺蕩う緑の破片が、壊れた防護壁を越えて電脳の中枢、人工知能の核へと到達する。
プログラムに出来た虫食いの穴を埋めるように、緑の破片がぴたりと重なった。
「…メモリーを…読み込みます…」
刹那。緑の破片を中心に、赤のブロックが緑へと塗り替えられ始めた。
それはオセロの盤面が黒から白へと一気にひっくり返るような壮麗さだった。
誰もいない松永家の蔵の中で、真紅のからくりが駆動する。
車体に浮かび上がった文字が紅から一瞬緑へ変わり、再び紅へと変わった。
「最優先事項を確認」
リソースの確認でもしているのか、0と1で構成された文字が波を打つ。
左から右へ、下から上へと目まぐるしく、文字は流れ続けた。
「の保護………承認します」
羅列された文字が消える。
「機能の稼働状況を確認」
続いてインジケーターバーが現れた。
「子機の損害、甚大と判断」
再構築を繰り返し行っているのか、インジケーターバーが左から右へとひっきりなしに動いた。
0％から100％を目がけて、休むことなく最速でゲージは動き続けた。
「最優先の任務を遂行すべく、不要な機能は全て停止します」
月が松永城を照らす。
月はゆっくりと天高くに登り、傾いて、やがて東の空が白んでくる。
朝日が昇り、鳥がさえずり、人々の生活音が城の中に広がり出した。
「そろそろ他の事も教わりたいのだがね？」
「そ、それは…まだ駄目ですわ、物事には順序というものがありますのよ…」
蔵の中に向かって来るのは二つの足音。
一つは壮年の男のもので、一つは妙齢の女性のものだ。
声色から、松永久秀と服部だろう。
二人が蔵に立ち入るよりも早く、真紅のからくりの中で動いていた全プログラムは停止した。
インジケーターバーが示した数値は100％。
真紅のからくりが夜間に行ったメンテナンスは、全て、恙無く、完了していた。
蔵を閉ざす門が開いて、一組の男女が入ってくる。
二人の姿を確認した真紅のからくりが声を上げた。
「おはようございます。松永久秀。
教習の前に報告があります、ご覧ください」
久秀の要請に負けてが彼にからくりの持つ戦闘プログラムの事を話す前に、真紅のからくりは提案した。
蔵の白壁の中に各地の映像が映し出される。
それは全て、Cubeが撃破される寸前のものだった。
「本願寺、城下町、共に松永家の監視下から逃れました」
久秀の顔が小さく歪む。
久秀の動揺に頓着していないのか、からくりは報告を続ける。
「現状では明智を偵察することは優先度が低いと判断。
明智領に派遣したCubeは、領へと再派遣してあります」
「我が君の今を」
「お望みのままに」
真紅のからくりが映し出した家の様子では、はまだ床に臥せっている。
「本願寺が落ちて、尚、眠っているのは何故だ？」
「本願寺の僧兵がかけた呪いの効果が未だ続いているようです。
直江兼続による呪い返しの結果、本願寺にて呪術に携わった僧兵の大多数が命を落としました」
「そうか。本願寺に力は残っているか？」
「どうでしょうか。豊臣秀吉が本願寺の僧兵を吸収し、防衛線戦へと出兵したようですが、
兵の数では当家が勝っています。憂う事もないでしょう」
「いや、本願寺には在野に教徒も多数いるだろう。慢心は毒だ。
陣営の布陣は変わったのか？」
「はい。領に配置したCubeを廃した為、余力が出来たようですね。
石田三成が防衛戦線へ総大将として出兵しました」
「他の将はどうしている？」
「立花誾千代、病状悪化により安静。今回の戦に出てくることはないでしょう。
直江兼続、邸にて守護結界の維持を続行。戦に参戦する余裕はないようです」
「結界の突破は可能か？」
「不可能と予測します。雷切が障害となっています。
他の媒介を破壊することは可能かもしれませんが、立て直される可能性が8割を越えています」
「そうか。ならば結界は捨て置け。但し、直江をその場に留め置く為、結界への攻撃は緩めるな」
「yes.sir.」
「他に私が知っておくべきことはあるか」
「あります。竹中半兵衛、島左近、城を出立。
旧城に布陣し、海上から攻め上がる長宗我部・島津連合を迎撃しています。
尚、海上軍の指揮は黒田官兵衛が務めています」
「そうか、柳生宗巌はどうしている？」
「黒田官兵衛と共に。貴方の望み通り、彼を殺すでしょう」
「ふむ…」
満足そうに久秀が笑う。
「久秀、進言を宜しいですか」
「聞こう」
「クイーン奪還の為、ご出陣下さい。
蒲生氏郷では荷が重い。大谷吉継では松永軍を掌握しきれません」
「過小評価ではないのか。彼らはこれまでよく働いたが？」
「人は恨みます。恥も知ります。僧兵であってもです。
これまで貴方に飼われていた本願寺は豊臣秀吉配下として吸収され、
真田幸村・服部半蔵と共に、かの戦地へ援軍として転進しています」
「なるほど…彼らは死地を求めていて不思議はないのか」
「肯定します。かの地に布陣する主力は前田慶次・雑賀孫市の二人です。
片や武に秀で、片や奇策に長けています」
「そこへ豊臣秀吉、か」
「はい。また大谷吉継・小西行長を始め、多くの将が豊臣秀吉の子飼いです。
豊臣秀吉と邂逅すれば、寝返りが起きないとは言えません」
「尤もだな」
「クイーン奪還の為、総大将交代を強く進言します」
「よかろう。進言感謝しよう」
沈黙した真紅のからくりの前で久秀は踵を返した。
「すまないが、君にもかの地へと供に来てもらうことにしようか」
「な、何故…ですか？」
「私ではまだこのからくりを操り切れない。君の力が必要になるかもしれないからね。ご同伴願おう」
久秀は怯えるの肩を抱いて、蔵からの退出を促す。
「前線に君の夫がいるそうだ。細君の姿を目にした彼は、どうすると思うかね？」
「それは……それは……」
半蔵の足を引っ張る現実を恐れ、は唇を噛みしめる。
「見ものだな？ 妻を選ぶか、国を選ぶか。自分の目で確かめるといい」
は助けを求めるように真紅のからくりを見やった。
真紅のからくりは一切反応を示さなかった。