真田幸村の胃潰瘍になりそうです |
翌日、左近の手を借りてようやくまともに着物を着たは、彼女に膝を折った三人の家臣から見たら奇行としか言えない行動力をまた見せた。 「お、お助け下さい!!」 「ん? どうしたの?!」 「は、はぃ、大通りの飯処で揉め事が…」 「そう。で、なんでそれで城に駆け込んでくるの? 番屋があるはずでしょ??」 真っ青な顔をして駆け込んできた民の陳情を受けたのは、だった。 「い、いえ…そ、それが…その…さ、騒いでいるのは、お役人様の方で…」 「ハァ?! 何それ、どういう事!?」 「い、何時もの事なんですが…」 「何時もの事?!」 「は、はい…ご存じありませぬか?」 「…分かった、ちょっと待ってて。責任者呼んでくるから。それと事情は歩きながら聞くわ」 「は、はい!! お願い致しますっ」 フットワークが軽いのか、は踵を返して城の中へと駆けこんで行く。 「申し訳ありませぬ、様…私が統制していながら…」 「うん、そうかもしれない。でも幸村さん元々この国の人じゃないんでしょ? どうやらは独特の考え方を持っているようで、少しも幸村を咎めようとはしなかった。 「まずは現場よ、ちゃんと見に行きましょう」 「え、あ…様も行かれるのですか?! かような場へ何も自ら」
「あのね、この前の誘拐事件じゃないけどね、ちょっとこの国、治安悪すぎるよね? 「は、はい…」 「お待たせ、番頭さん」
飯処の向かいに住むという番頭の元へと現れたのは先程の女とまだ若い武者一人だ。 「こらこら、人を見た目で判断しない。この人、凄く強いんだから。きっと、ね?」 「え? あ、は、はぁ…どうでしょうか…」 『……だめだ…もうこの国は終わりだ…』
煮え切らぬ若武者と彼女の態度を見る限り、番頭の認識では幸村は尻に惹かれている婿養子というところだろうか。 『いや…だが、しかし…』 悪政による財政難が続き、これという者もいなくなったこの地では、このような若夫婦であっても、取り組もうとしてくれているだけまだマシだろうか。いや、でも、出来る事ならば…この二人より、猛者として名高い前田慶次や真田幸村の武に肖りたいというのが、本音なのだが…。 「ほらほら、二人とも、考え事してないで、さっさと現場に行きますよ」 取り組む前から落胆する番頭を急きたてて、は幸村と共にひなびた城下町を突き進んだ。 「なんだ?! 貴様ら!! 何か文句でもあるのかーッ?!」 抜刀こそしていないが、警吏は吼えて周囲に睨みを利かせる。 「最悪…こんな真昼間から酔っちゃってんのね」 人だかりの隙間から様子を見たの独白に、野次馬が答えた。 「あの人は何時もああだ」 「へー、警吏なのに? いい御身分ね」 「お嬢ちゃん、んなこと言っちゃ駄目だ。あんたまでひでぇ目にあうぞ」 「どんな?」 問いかければ、野次馬の目がへと向いた。 「そうさな、今あそこで蹴られてる店主ンとこみたいに、店に入り浸られて嫌がらせられるぜ」 「いちいちやる事がセコイわね。ところであの人はなんで絡まれるようになっちゃったの?」 「ああ、俺、それ知ってるよ」 商い道具を炉端に下した大工が言った。 「奴さんの食いたかったつまみをね、先に来てた客が食っちまったんだよ」 「それで、八当たり?」 「ああ。先に来てた客ってのが、お侍様じゃなかったからな…無礼だとかなんとかって…」 「昔はあんな人じゃなかったんだがなぁ…」 「もういい、分かった」 ふぅと溜息を吐いたは、考えるように眉を寄せた。 「幸村さん。ちょっといい?」 「は、はい」 振り返って、は頭一つ分は上にある幸村の顎へと手を伸ばす。 「?!?!?!?!?!!?」 意図が分からず、目を白黒させる幸村に対して、は淡々と問う。 「ねぇ。ここってさ、突かれるとやっぱ痛い?」 「え、あ…はい」 「だよね、よし。じゃ、今回の刑罰はこれでいこう」 「はい?」 満足したのかは「有り難う」とだけ言って身を引いた。 「あ、あの…」 どうするもりなのか? と聞かれる前にはずんずんと歩き出す。 「ひぃ!! お、お許し下さいッ!! どうか、どうか!」 可哀相に、鼻血の出ている店主は、己の頭を庇って必死で許しを乞う。 「許してほしけりゃ、誠意を見せろよ!! あんな不味いもん食わせやがって!! 差し出すもんがあるだろ!!」 「いい加減にしろ」 ガッ!! という音でもなりそうな勢いで、酔っぱらいの肩を掴んだは、彼を振り返らせると同時に 「全く…警吏のくせに器物損壊の上に恐喝罪の現行犯だなんて、世も末ね。 掌の中に忍ばせていた石を放り出して己の手を振るの声に、助けられた店主は目を丸くしっぱなしだ。 「その刃を抜けば、容赦はせぬぞ。誰に刃を向けているか、分かっているのか」 低い声で釘をさし、鋭い眼差しを向ければ、男は一時怯んだ。 「き、き、き…貴様こそ、俺様が誰か分かってやってる狼藉か!!」 「そりゃ、こっちの台詞よ!! ここにいるのは、真田幸村、貴方の上司の更に上司の…もっと上だっけ?」 役職についてはいまいち疎いとが途中で問いかければ、幸村は簡潔に「かなり上です」と答えた。
「いい? 言っとくけど、今ここで土下座して「ごめんなさい」と言っても、許さないわ。 恫喝されるのならばまだしも、淡々とは説く。 「警吏は皆を護るための公正な仕事よ。 「し、しかし、そ奴は商人、わしは侍で…」
「だからなんだってのよ?! 警吏になっといて、弱者を護れず昼日中から酒に溺れて好き放題してるような奴が、 が一喝する。 「よく聞きなさい、それから町の人も。 「えっ?!」 やりたい放題やっておきながら、肝心な所では矛先を幸村へと向けた。
「今までは酷い目に合ったのかもしれない。報われない思いをしたのかもしれない。 「え゛…あ、はい。…異論はございませぬ」
言っている事は正論なのだが、何故自分に全ての矛先を振るのだうか? との疑問が絶えない。
「皆の意識が、国を作る。国を変えるには、お上は勿論皆の認識を変えなくてはならない。 「あ、は、はぁ…そうですね。意識改革は大事ですね」 まるで選挙前の政治家の様な熱弁だ。 「民よ!! 諦めるな!! 明日のよりよい生活は、皆で作る!! が拳を突き上げて弁舌を締めれば、どこからともなく歓声と拍手が上がった。 「ありがとう!! みんな、理解してくれて、ありがとうー!!」
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