真田幸村の胃潰瘍になりそうです |
両手を上げて向けられる声援と拍手に応えていたは、一通り応えた後で視線を警吏の男へと向けた。
「警吏でありながら、お上の威を借りて好き放題していた貴方の罪はとても重い。 逃れらるのであれば、なんでもするとでも思ったのだろうか。
「空を見よ、罪深き者よ。この一撃を持って、罪を身に刻み、お前がして来た事の重さ、痛みを思い知れ。 言われるまま男が空を見た。 『じ…自由…奔放過ぎる…』
前例のない弁舌を奮い、女の身でありながら、時として平然と暴漢を殴り飛ばす。 『これは…いくらなんでも…』
どう諌めよう、どう説こうと考えれば考えるほど、脳の中で探していた言葉は全て霧散した。 「グッハァァァァァ!!!!!!!!!!!!」 正座してい男は吹っ飛び、喉元を押さえてその場で転げまわっている。 『く、君主自ら……か、かような場で……な、なんという事を…』 「それはそうと、あんた幸運ねぇ」 軽く整理運動を終えたが、のたうつ男の肩の上へと手を置いた。 「今の私だから良かったけど、幸村さんがやったら、間違いなく首の骨が折れてたわよ?」
それもそうなのだろうが…そこで納得してもいいのかどうかは微妙なところである。 「え…あの…えええ?!!」 「これに懲りたら、二度と悪い事するんじゃないわよ? 喉仏に刺す痛みで声が発せないのか、涙目になっている男はを見、それから幸村を見てぺこぺこと頭を下げた。
「はい、それじゃ、この一件はこれでおしまい。皆さんも普通の生活に戻った、戻った。 の言葉を聞いた店主は、厄介払いが出来ただけで充分だと目を輝かせていた。 「皆、新しい警吏の総責任者・真田幸村をどうぞ宜しくー!!」 「お、おー!!」
なんだかよくは分からないが、今度の警吏主任は本当に信じるに値する者なのかもしれないと集まっていた人々が期待に満ちた眼差しで幸村を見やれば、幸村は顔面を真っ赤にして暖簾を放り出した。 「お忙しい方なんじゃろうなぁ…」 「有り難や、有り難や…このような事に自ら出向いて下さるとは…」 あの展開で、直後の猛ダッシュだ。決してそういう事ではないだろう。 「ン? ン? ン?」 すぅと息を吸う幸村の前でが目を瞬かせると同時に、 「一体、なんという事をしているのですかー!!!!」 城から幸村の絶叫が轟いた。 「様、お見事な采配ではございました!! 「ああ、それ考えてなかった。幸村さんが一緒だし、平気かなーって思ってて…」 名君なのか、それとも能天気なのか。 「そもそも…何故私の名を強調されるですか。 「いいじゃん別に、それで」 「良くはございませぬ!! 私は様の臣なのですよ!? 誉れを受けるべきは様でなくてはなりませぬ」 「そうは言うけど、結局のところ幸村さんが警吏の総責任者でしょ。問題ないじゃん」 「それはそうなのですが…いえ、やはりですね、こう言う場合は様のお名前を出された方が…」
「だから、それは最終手段でいいじゃん。幸村さんの名前が通用しないような奴が相手の時でいいよ。 「は、はぁ……確かにそうかもしれませんが…」 「第一、最初に言ったでしょ? 幸村さんにも責任を取ってもらう、って」 「は、はい…え、もしかしてあれがですか?!」 「うん。矢面に立ってもらったわけだしね。明日からきっと色々と泣きつかれると思うよ。頑張って処理してね」 にこにこ笑顔で言われて幸村が言葉を失えば、はふと何かに気がついたように立ち上がった。 「と、ごめん、幸村さん。私、そろそろ行かなくちゃ」 「え? 何か、御用が…」 後を追おうとした幸村に対して、は簡潔に答えた。 「早く布団取り込まないと冷え切っちゃう!! 続きはまた今夜、ごはんの時にね!!」 「布団? 布団って…エエエエッ?! ま、またご自分で干されたのですかーっ?!」 仰天し続ける幸村の問いかけに答える声は、もうなかった。
その夜。幸村が皆が揃う夕食の場に現れることはなかった。 「今回の君主はよく分からんが、幸村様は凄いぞ。儂らの味方じゃ」 幸村だからこそ、だろうか。 「悔い改める気持ちがあるのであれば、そこに座り、天を見よ。 きっと最初にやり出したのは彼だろう。 「グハァ!!!」 のたうつチンピラの肩を叩き、彼はがしたようにこんこんと諭した。 「良かったな、お主にはまだ見込みがある。 まんま、が言った事と同じだ。 「こら!! ちゃんと言う事を聞きなさい!! 悪いことしてると、幸村様がくるよ!!」 「ご、ごめんなさい!!」
古来、蜀漢・曹魏・孫呉と呼ばれる異国が大陸で覇を争った時代。「遼、来々」という言葉があった。 「…すっかり人気者だねぇ」 「誰も彼もが私の名を使ってるんです」 がっくりと肩を落とす幸村の隣を歩くのは慶次だ。 「まぁ、いいじゃないか。あちこちで治安が良くなってきてるって聞いてるぜ」 「それは、そうなのですが…あれが、どうにも…」 幸村が視線を流せば、至る所で岡っ引から城の警備兵まで幅広く、誰かを仕置きせねばならぬ者があのラリアートの刑をやっている。 「んー、ありゃ、確かに男には辛いねぇ。大抵、数日は喋れなくなるからな。 「ええ、まぁ…それはそうなんですけど…」 「"真田幸村にされなくて幸運だった"が引っかかるのかい?」 「はい。元々私はしませんし、あんな事」
「ま、それがいいんだろうな。幸村さんがしない分、周りは勝手に想像を膨らませる。 肩を落として歩く幸村の肩の上に掌がのった。 「左近殿、どちらに?」 「そろそろ姫の着替えが必要かと思ってね。仕入れて来たんですよ」 「ああ、そうでしたか」 「ところで姫、知りませんかね? お二方」 「…ハイ?」 目を丸くした幸村に左近は苦笑いを貼り付けた顔で言った。 「誰が、何ですって??」
「いやね、寸法を測る必要があるんで、呉服問屋までは一緒に出掛けたんですよ。 「今日はまだお会いしておりません!!」 心配がそうさせるのか、顔面蒼白になる幸村に左近は「そうみたいだな」と顔を顰める。 「こうしてはおられぬ、探さなくては!! お二人とも、失礼します!!」 「おー、頑張んなよー」 踵を返して駆け出した幸村を見送り慶次と左近は同時に笑った。 「過保護な御仁だねぇ」 「まぁ、お陰で姫の首に鈴つける手間が省けてこっちは助かってますけどね」 「悔い改めなさい!!」 再び歩き出そうとしたところで、二人は通りの向こうでの声を耳にして視線を巡らせた。 「ほー、あれが今巷で有名な刑罰ですかい」 「運がいいねぇ、現場を見れるとは」 淡々と感想を述べる左近、慶次の前を、戻って来た幸村がものすごい速さで駆け抜けて行く。 「様ー!! 何なさってるんですかーっ!!!」 「…大変だねぇ…」 「あ。幸村さん? エ?! 何?! 城に戻るの?! 遠のいて行くの声を聞き、土煙を上げて去って行く幸村の後ろ姿から視線を動かす。 「良かったな、幸村様にされていたら、首の骨が折れていたぞ」 「……いやー……面白いねぇ」 「多少活発過ぎる気もするが、うじうじされてるよりゃ、いいかね」 自分の名を使われていない二人は幸村の抱えた心労などどこ吹く風という顔だった。
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