服部のレッツゴー・ブートキャンプ

 

 

"それじゃ、そろそろ、第1回目のトランス・ブート・キャンプを始めるぞ!!
 まずは元気よくその場で足踏みだ!! 両手を前後に大きく振って!! 脂肪を燃焼させるんだ!!"

「ちょ、無理!! 立てない、私、今、立つことすら出来ない!! イヤァァァァァァァ!!!!!!
 勝手に体動かそうとしないでぇぇぇぇぇぇ!!! 手がもげるーっ!!!」

 全身にかかる重みで肩は動かないのに手足は勝手に動いてカリキュラムに取り組もうとする。
こんな恐ろしい話はないとが叫べば、声を聞きつけて警護についていた伊達成実と、二人がいる縁側の傍を通りかかっていたらしい真田幸村と前田慶次が顔を出した。

「姫様、何かあったのか?」

「さっきから何騒いでんだい? さん」

「どうされましたか?」

 彼らの目から見たらの姿は異様だった。
庭の玉砂利の上へ顔を押し付けて足掻いているのだから当然だ。

「なっ! 貴様、何者だ!! どこから入った!! 様に無礼であろう!!」

 慶次、成実が眉を顰め、主に土下座させていると勘違いた幸村が激昂する。

「皆様、申し訳ございませんわ」

 ここでが動いた。
彼女は彼らに事の顛末を話す事も忘れて、友を助けたい一心で暴挙に出たのだ。
一言謝って、直後には、三人の腕にケースの中にあった残りのリストバンドを、色も確認せずにあて嵌めた。

殿、一体、何を…?」

「どうしたい? さん」

 意味が分からないと目を瞬かせる成実と慶次。
対して幸村は、虚を突かれたものの、すぐさま気を取り直して抜刀する。
それを横目に見て、が叫んだ。

「ちょ、幸村さん、たんま! ストップ! 待って、待って!! そういうんじゃないから!!」

「し、しかし…様…」

 に諌められて、渋々幸村は刀を鞘におさめる。
その間に慶次はの元へと歩を進める。
慶次が腰を落として、もがき続けるを抱き起そうと手を伸ばした。
彼が豪腕にものを言わせてを抱き起すよりも早く、の元へと駆け寄ったが、の腕に収まっているリストバンドのメモリを調節した。
 すると次の瞬間には、の体にかかっていた重力が薄れた。
対して一蓮托生にさせられた三人の体には、突如として強烈な重力が襲いかかった。
それは彼ら自身が背負う重力と、の分の重力だった。

「「「おわっ!!」」」

 慶次、幸村、成実がそれぞれその場に尻餅をつく。
けれども彼らとて武人、ちょっとやそっとの加重で根を上げるほど軟ではない。
各々眉を顰めたものの、全身に力を込めてその場へと立ち上がった。
 どちらかといえば、慶次にはまだまだ余裕があり、幸村、成実は膝が笑っているという有り様だ。

「どうですか、どうですか? 様。少し、楽になられました?!」

「う、うん…な、なんとか……で、でも……ひっ!! いやぁぁぁぁぁ!!!! 
 本格的っぽい音楽、流れ出したァァァァァ!!!!!!!!!」

"どうだい? 体は温まって来たかい? 
 ここからは、実際のトレーニングだ!! まずは基本となる運動を体に叩き込もう!!
 二の腕と腹部に意識を集中させて、筋肉の躍動を感じるんだ!!"

「いやぁぁぁぁぁぁ!!! 躍動なんかしなくていいーーっ!!」

"腹式で呼吸して、ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト!! さぁ、声を出して!!"

「っていうか、痛い、痛い!! 基本とはいえ、重たいから節々が痛い〜ッ!!
 大体、基礎なのに、なんでこんなに激しいのよーッ!?」

 まだ立ち上がる事が出来ない。
所謂膝立ち状態のの体が、ケースから流れ出した曲に合わせて、激しく動き出す。
足元がままならないなら、現段階としては腕が勝手に動くばかりだ。

「痛い、痛い!! 腕もげる!! じゃりが膝に食い込むー!!」

「ン?!」

「な、なんだ、こりゃっ?!」

「えっ?! えっ?! 一体何が…!?」

 勿論、一蓮托生とされた三人の体も音楽に合わせて蠢く。

殿!! これは一体なんなのですかっ!?」

 説明を求めて幸村が吼えれば、は残りのリストバンドを手に狼狽しながら叫んだ。

様を支える同士の方からの贈り物ですの!!
 特殊な訓練で短期間で飛躍的に体を鍛えられるのだそうですけど……操作を誤ってしまって、
 この負荷のまま1ヶ月間の生活と、定期的な運動を強制的にさせられるのだそうですわ!!」

 要点だけを掻い摘んだとても見事な説明だが、聞かされた内容に、3人は顔を青くする。
というのも、自分達の体にかかる負荷はいいとして、眼前で同じように動いているの目からは大粒の涙が溢れ出している。どう見ても、彼女の体には巻き込まれた彼らが体感している以上の負担が掛っているに違いない。

"そう、その調子だ!! 音楽に合わせて、笑顔を忘れずに!! ワン・モア・セッツ!!"

「笑えるかーッ!!!」

「事情は分かったが、どうして俺らにまで…?」

「残りの腕輪を誰かが嵌める事で、様の身に掛る荷重が減らせますの!!」

 そういう事であれば嫌はないと幸村が頷き、成実、慶次も納得する。

「なんだ、そういう事かい。なら、俺らに負荷増やしな。さんがきつそうだ」

「そ、それが……お三方だけでは、これが限界ですの!!」

「えええええっ?!」

「参ったね、こりゃ…」

 トランス・ブート・キャンプというだけあって、箱から流れ出したエクササイズの為の音曲はユーロビートだった。
走り屋が好みそうな、重低音とスピード感に塗れている音曲だ。

「ヤバイ、この手の音楽、私大好きだ!! でも、でもーーーっ!!! 腕が重いーッ!!!
 せめて普通の状態で取り組みたかったーーーー!!!」

 泣き叫ぶの悲鳴を聞きつけて、大量の書面を抱えた竹中半兵衛と片倉小十郎が顔を出す。

「どうされましたか?」

 半兵衛と小十郎を見た瞬間、の目が光った。

「ちょ、だ、だめ!! ちゃん、いくらなんでも半兵衛さんや小十郎さんにこういうのは…!!」 

「背に腹は代えられません」

 友を救うためであれば、非情にもなると、は迷うことなく二人の腕にリストバンドを嵌めた。
困惑を顔に貼り付けて、二人は腕にはまった見慣れぬ装飾品を見つめている。
その間にの元へと走り、再びメモリを調節した。
例によっての体が幾分か軽さを取り戻す。
と、同時に、嵌められた二人の周りには、二人が取り落とした書簡が舞い散った。

「なっ?! なんだ?! なんだ、なんだ、なんだっ?!」

「えっ?! うわっ、おっ、おわっ!!」

 妙ちくりんな踊りを踊っているなぁと思ったのは束の間。
自分達までミイラ取りのミイラになってしまった二人は、顔を青くして成実や幸村に事情説明を乞う。

「あ、あの…ちょ…ちょっと…これは一体…?」

 だが幸村と成実はすぐには答えなかった。
否、答えようにも答えるだけの余裕がなかったのだ。
 この時代では奇怪な雑音としかとられないであろう重低音を撒き散らして、ユーロビートは賑やかに響き続ける。
一分が経ち、二分、三分と時間は流れて、五分を過ぎた頃、聞き慣れぬ音曲は小さくなり始めた。

「お、終わった?! 終わったの!?」

 尻すぼみになって曲が消えて、ようやく終わったのかと思えば、それは虚しい願望でしかなくて。
すぐに次のユーロビートが響き出す。

「ヒッ!! に、二曲目入ったーッ!?」

"さぁ、次は二の腕と腹筋を鍛えるエクササイズだ!! 美しいラインを作ろう!!"

『く、こ、これ…これは…』

 左右に振り回される腕。
前傾したり起き上がったりと、全身の筋肉を酷使した激しい動きが続く。
この振り自体、慣れてくればそれなりに様にもなるのだろうが、今日は初日だ。
この段階では様になどなるはずもない。

「楽しい、確かに楽しい、でも辛いー!! 体重い、腕が痛いーッ!! 腹筋割れるーッ!!」

 楽しいのか辛いのかがいまいち判じ難い悲鳴を上げて、はアップテンポなナンバーに合わせて踊りまくる。
勿論、付き合わされている面々とて例外ではない。

『…なるほど…そういうことですか…』

 質問を聞き流された半兵衛、小十郎は、何故幸村と成実が答えなかったのかを、身をもって思い知った。
敦盛などで知られるようにゆったりと流れる音曲こそ主流のこの時代。
ユーロビートのテンポに合わせて運動をさせられるともなれば、どこで息継ぎをしていいのかが分からない。
それ故、彼らは彼らで過剰な疲労感を背負わされていたのだ。

『あ、暑い…!』

『い…い、息が…もたぬ…』

 一曲三分〜六分にも及ぶ音曲を、休む間も与えられずに三曲もこなせば、如何に屈強な武士であろうと自然と汗が噴き出してくるし、喉も乾いてくる。
トランス・ブート・キャンプに巻き込まれている慶次以外の面々は、それを言い表すかのように顔を顰め始めていた。

"どうだい? トランス・ブート・キャンプ、楽しめてるかな?
 体が辛くなる事もあるかもしれない。でもそれは君の体が無駄な脂肪を燃焼している証拠なんだ!!
 水分補給しながら、最後まで諦めずにエクササイズを続けてくれ!!"

「し、死ぬ……これ、本当に、死ぬ……の、喉…乾いた……み、水……」

 半兵衛、小十郎を巻き込んだ事で立ち上がれるようになった為、は足の動きまで加えられるようになっている。
という事は、全身に掛る負担も格段に跳ね上がる事になる。
叫ぶ気力すら尽きたのか、が息も絶え絶え訴えれば、がいち早く反応した。

「あ、は、はい!! お水ですね、しばしお待ち下さい!!」

 彼女は紙と残りのリストバンドを放り出して駆けてゆく。
が竹の水筒を持って戻る頃には、また異なる曲が流れていた。

「なぁ、さんよ。これ後何曲続くんだい?」

 すっかり慣れてしまったのか、この状況を楽しみだしている慶次が問うた。
の口元に竹筒を運びながら答える。

「それがよく分からなくて……。
 一回の運動では、"六十分"という時間を要するそうなのです。
 けれど……その"六十分"が何刻になるのか、私には分かりませんの…」

「いやぁぁぁぁぁ!! それまるまる一時間って事じゃないよっ!!
 こっちの世界で言ったら、半刻よっ?! 半刻っ!!

 私、その前に本当に、死んじゃうーッ!! 重いって、重すぎるって!!
 ってゆーか、いちいち一曲ごとに後半部に、腹筋鍛えるような動き入れるの止めてーッ!!
 着物だから苦しいんだってーッ!!」

 差し入れられた水で喉を潤し、髪と着物の裾や袖を振り乱しながら、まだまだトランス・ブート・キャンプは続く。
そうこうする内に、届くはずの参考資料が届かない事に不信感を持った政宗と兼続が、小十郎と半兵衛を探してこの地へとやって来た。

"どうした!! 君の力はそんなものではないはすだ!!
 自分を追い込め!! 負けるな!! 諦めようとする自分の心に打ち勝つんだ!!
 足を大きく上げて!! 腹筋の躍動を感じて!! さあ、声を出す事を忘れずに!!"

「出来るかー!!! いいわよ、負け犬で!! どうせ私は強くなんかなれないわよ!!
 典型的なダメ人間でいいから、もう解放してよぉぉぉ!!」

 縁側に立った二人の眼前には、散らばった書面の束。
そして奇妙な音曲に合わせて、泣きながら踊り狂う上司と、汗だくの同僚と部下の姿があった。
更にその向こうにはいやにガタイのいい異人の陽炎までが見える。

「…………」

 正直、の元へと下ってから大抵の事には慣れたし、許容も出来る度量を培ってきたと思う。
けれども、これはまた予想の遥か斜め四十五度上を突き抜けて行っている気がした。
 二人は今目の前で繰り広げられている常軌を逸しているとしか思えないバカ騒ぎに対して、何をどのようにして、どこから問えばいいのかが分からなかった。


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